ジョシュア・ベッカー『より少ない生き方』の感想、そして日本のミニマリスト発信者への不満
///この記事は歴史的仮名遣ひで書かれてゐます///
ジョシュア・ベッカー『より少ない生き方を』先日読み終へた。ライフスタイルとしての現代ミニマリズムの牽引役ブロガーの一人と目される著者の、界隈でも有名な本だと思はれる。勝手に水色本*1と呼んでゐたが、ミニマリストを本格的に志してこの度やうやく読んでみることにした。
さて、この本に期待して読んだ日本人の少なくない人はシックリこないものを感じたのではないだらうか?その理由は、この本のメッセージが「より少ない生き方」であるミニマリズム生活の素晴らしさを伝へ読者にこれを薦めること、そしてそれと同じ熱量で「ミニマリズムによって得た恩恵(時間、お金、自由)を他者のために使へ」と願ふことにあるからだと思ふ。
おそらくこれは著者がプロテスタントの牧師であることと無縁ではないだらう。この恩恵を自分のために使ってもいい、それは自分の選択だが、困ってゐる人、恵まれない人、他者のために分け与へてこそミニマリズム…!といふのがこの本の結論だ。さしづめ利他的ミニマリズムとか宗教ミニマリズムとでも言はうか。
宗教…。といってもよく揶揄されるミニマリストたちの「伝導」が宗教の人っぽいとかさういふことではない。説かれるミニマリズムの実践が伝統的な宗教の価値観の少なくない部分に基づいてゐるといふ意味だ。宗教と言へばご都合主義の神頼みと葬式仏教(と陰謀論と疑似科学)くらゐしかなく、ほぼ効率優先の世俗価値しか巷間に流布しない日本にあれば、ミニマリズムの受容や個人の関心が、大きく利己的な面に偏るのも無理はないことなのかもしれない。この本にシックリこない感想をもつ人が少なからずゐたとしても当然といふべきだらう。
著者がミニマリズムで余る金を給与日にまづ寄付しよう(給与日前だとどうせ余らないから)と書いてゐても、「は?」と思った人は「少なくない」どころではない、ほとんどではなかっただらうか?何を隠さう、私もさうだ。日本で「ミニマリストになって良かったこと」系の記事のリストに「金を余り使はないで済む」と書く人はいくらもゐても、その使はないで余った金を「寄付できる」と書く人は皆無と言って等しい。あるいはものを捨て、身軽になって得た「時間や自由を他人のため使へる」など、もちろんいふに及ばない。
大体において日本のミニマリストは自分のことだけだ。日本のミニマリズムのライフスタイルはそれを実践する個人にメリットを与へても、そのメリットを社会に及ばす力がない。ミニマリズムに取り組む余力のある人間にしか、日本のミニマリストとミニマリズムは役立たない。社会全体に自由と幸福を及ぼす力がない。この本を読み著者を知ることによって、私は私が日本のミニマリスト発信者さんたちに、かうした価値を説かないことに不満を持ってゐたことを自覚することができた。
以下はいくつかの抜き書きとコメントです。
メッセージが強いだけに思ひこみの激しい人にとって、減らすことばかりに傾いて危険だと思った。人間は所有物だけに縛られてゐる訳ではないのだから。もうこれ以上減らすことができない裸一貫になったとき、その人は自由なのか。(自由な気もするが)
はたしてさうか?例へば私はさいきん他書で以下のやうにも見た。
ベッカー氏に従へば「他の誰のものとも似ていな」くない(似てゐる)のであれば、その人は似非ミニマリストであるか、まだ見つけてゐない人といふことになる。個人的には誰が他の誰と似てゐても良いのではないかと思った。ミニマリストになる動機の一つに「私らしく生きたい」といふ近代っぽいオリジナル願望といふか信仰があると思ふし、その結果が他の誰とも似てゐるのなら皮肉だなといちわうは思ふが、これにしたって私にとって女性アイドルの顔がどれも同じに見えるのと同じやうに、興味がなければ差異に気づかないだけでよく見れば細部では私たちは「他の誰とも似ていない」のだ。大事なのはその小さな差異を本人がよく自覚してゐることだらう。この自覚がないと多少滑稽なことになる。
死ぬときに後悔することのやうなリストはなかなか凄みと学びがあってミニマリストを志す自分にとっても参考になる。当然、リンク先にももっと買へばよかった後悔などないのだが、たとへば1位の「愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと」などは自分が死ぬときでなく相手と突然に死に別れることになったとしても、ずっと後悔が心に残りさうな気がする。これはミニマリストにならなくても今すぐ電話して叶へることができる。
なんか、仏教の本でも読んでる気分になった。『なぜ今、仏教なのか』とか面白いですよ。
そもそもが人間のドーパミンシステムがさうなってるらしくて次に欲しい物にはキリがない。けどだからってまるで「もっと」思考から離れては野垂れ死ぬしかない訳で俗世にじゃうずに生きるのはまことに難しい…ああ生きづらい。
最後まで読んでいただきありがたうございました。
*1 哲学者ウィトゲンシュタインの著書の一冊に青色本と称される有名な本があることに因んで
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