それはきっと本能
夏休みがおわる。
学校に行きたくないと、いっそ死んでしまいたいとよく思っていた。
ずっといじめられていて、夏休みもほとんど学校の誰とも遊ばず、
また学校に行ったら辛い日々が始まるのだと思っていた夏休みがあった。
それでも学校に行った。親には言えなかったから。
床の茶色を見つめながら教室に入ると、
おはよう、久しぶり!と声をかけられた。
いじめの主犯の女の子だった。どうして。
口々にクラスの女子が話しかけてきた。そして一週間ほどたって、ターゲットが変わったのだと気がついた。気持ちが悪かった、ぞっとした。
いじめられていたときよりも、学校に行きたくないと思った。
理由はたしか、主犯の子の好きな子がわたしを好きだったとかなんとか、そんなものだった。中学にあがるとわたしは、ほとんどしゃべらなくなった。
おしゃべりが大好きだった女の子は、もういない。
目立ってはいけない。
学校という小さな箱の中で一人になることは、あの頃のわたしにとって死ぬのと同じことだった。
だからわたしは自分を殺した。
結局同じことだったのかもしれない。でもあの頃のわたしには、それしか方法が思いつかなかったのだ。
大人になれば、死にたくなることなんてきっとなくなると、
自分を殺さなくてもいい方法がきっと見つかると、ずっと思っていた。
当然、そんなことはなかった。むしろ頻度が増えたんじゃないかと思うくらいだ。
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いつか辛くなくなるとか、大人になれば変わるとか、
希望を持たせる言葉をかけてあげることはできません。
わたしは、いま生きている大人はみんな、死にぞこないだと思っています。
死ぬなと言ってあげられなくてごめんなさい。
でもこれからもずっと、死にたいくらいの日がやってくるなら、
死ぬのは今日じゃなくてもいいんじゃない?
明日でも、あさってでも、もしかしたら来年でもいいんじゃない?
夏休みの宿題だと思えばいい。やってきたけど家に忘れましたーで解決です。
そうやってずるずる先延ばしにしている間に、死にたい気持ちと同じくらい
あなたの死にたくない理由が増えることを祈っています。
社会人になると、夏休みのおわりみたいな感覚が毎週やってきます。
そう日曜日、今日です。
行きたくないな。
でもいろいろと忙しいし、死ぬのは来週でもいいかな。
励みになります。 ずっと書き続けるのはなかなか難しいことなので。 書き続ける活力です、ありがとうございます。