優しさに棲む弱虫


「何者かになりたかったなんて言えるほどドラマチックな人生にすら、なりませんでした。」

私と別れたら線路に飛び込む気です。
とでも言い出しそうな暗い目で自分の人生を振り返っちゃう23歳。ほんと勘弁してほしいなと思いながら、けど最初の話題が予想を外れてほっとした。


久しぶりに対面した彼女は最後に会った時より少し痩せて見えた。落ち着いた深い緑色のシャツは、SNSでみる近頃の私の雰囲気に合わせたらしい。イマドキなカールがかった短い髪をヘアワックスでかき上げ風に整えている。

私が指定した騒がしいカフェに彼女は馴染んでいたし、年齢をきいて違和感を抱くようなギャップもない。


彼女は私を「いい意味で」家庭的になったと言い、私はそれを嫌味だとは捉えなかった。あの頃の私は顔立ちに似合わないベリーショートの髪を真っ赤に染め、もともとない胸をさらに押しつぶして黒い服ばかり着ていた。身長が高いわけではないけどひょろっとしていて縦長に見えるせいで、後ろ姿を見たトイレ清掃員のおばさんに性別を確認されたことも一度や二度ではない。

「変わったね。元々印象がころころ変わる人だったけど。」
「そう?相変わらず呑気に生きてるけどね。」

飽き性なのよと笑いかけて、これこそ嫌味だと思いなんとか言いとどまった。


最近のことを報告し合って思い出話をする。どちらも自分の過去を恥じて黒歴史だと言いながら、きっとみんなそうなんだよと言い訳する。


私たちが会わずにいた数年間を唐突に詫びられた。肩をすぼめて頭を下げる彼女のつむじから、今日これを言うために来たのが伝わってくる。やはり痩せたと感じて鎖骨の奥が重く痛んだ。

最後にふたりで食事をしたとき、勤務先の労働環境がよくないことはきかされていた。きっとあのとき私は話をきくだけで、彼女が何か行動を起こすきっかけになるようなことは言わなかったと思う。

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