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月モカ!!vol.277「やまびこのようには早くない」

3月になり「K192」を書いた4月頭からまもなく1年が経とうとしている。
もう1年!? すっごく早かったような気もするし濃い1年だったから「やっとこ1年」というような感じもする。そもそもK192を書いた最大のモチーフ(動機)が去年の3月の我が店イーディの売り上げが、作家業より長く酒場で働いてきた自分として「酒場文化の終焉」を感じさせるような前代未聞の数字だったことがきっかけなのであるから、文学ではなく売り上げとして「K192後」を語るとするならば、長い、非常に長い旅であったがようやく今年の2月、つまり先月の売り上げが今度は逆に「飲食の谷と言われる2月とはとても思えない」数字に回復し、黒字まであと5万、というところまで来たことが一つの結果であり、当然自分は「K192」から丸一年後の来月頭にはイーディを2年以上ぶりの「黒字」にしていたいと考えている。

3月は大野百合子さんの「ユニティタロット」にインスパイアされて
「女帝(Empress)」をモチーフに。
Illustration&Design by Mayaooh

何度も言っていることだがわたしの人生は2017年ー2019年の6月まで緩く落下していて、そこから現在、つまり2024年3月4日までたゆまず上昇あるいは上昇するための努力をしてきた、そしてなお努力中なわけであるが、
この5年間 × 365日の日々の実験結果の中で随分と「鏡の法則」「ブーメランの法則」についての結論が見えて(わかって)きた。これは暮らしの積み重ねによるれっきとした実験結果であるのでスピリチュアルとは無縁の実感そのものである。

ざっとまとめると落下した地点から上昇するときは本当にいわゆる水圧がかかりまくった深海から上昇するときと同じで頑張っても頑張ってもあまり人生はいい感じに展開しない。風の強い日に歩くように「これまでの堕落した日々」の貯金または貯圧によって押し戻される。
なのでマイナスの圧力があるところから0に戻すのは落下に要した時間と最低でも同じかそれ以上かかる。

そしてここからが新たな実験結果の発表なのだが、0地点以降の頑張りや努力に関しても、実際結果が出たり実感が戻ってくるのは自分たちが思うよりは早くない。
なので心意気としては今すぐカップヌードルが食べたいとしてもその気持ちをグッと堪えて10分は待てるくらいの辛抱強さが必要なのです。

1月から始めた「#小説家モカ」の日曜ライブ配信を、
生視聴している人が0人でも辛抱強く続けている桃果子(笑)

1にも2にも辛抱強さ。辛抱強さと地味な継続力。これが最終的には豊かな約束または輝かしいスポットライトーーそれは各々の目指すものを表す。誰かにとっては数字であり、誰かにとっては著名性であり、誰かにとっては穏やかな生活であり、さまざまーーーにたどりつくために一番必要なポテンシャルであり、同時に近道である。やはりローマは一日にして成らずなのだ。
そして自身が何かから逃げていることや決断を遅らせているだけのことを「辛抱」だと美化したら、それはさらに遠回りとなる。辛抱すらも「的確な辛抱」でないといけないのである。
なので実際、カップヌードルを10分待つのは的確ではない。

そら豆とサルシッチャのクリームペンネ。

ここ2年の辛抱と継続で言うと肌感として「思ったよりも”それ”が返ってくるのには時間差があるんだなぁ」と感じている。同時にこっからは早い、とも。よく飲食店でもなんでも、初期初動で結果が出ないとすぐに「ほら、こんなの意味ないじゃん」て言ってやめてしまう人がいるけど、そういう人ほど成功体験を得られる回数が少ないだろうなと思う。
例えば月曜日の栞珈琲のランチ。月曜は根津は寝ている街なのでランチでも夜でもやっても意味ないとたくさんの人が言って、実際最初は非常に暇だったため「ほらね」という感じだったけど、あれから1年が経って「月曜夕暮れ栞珈琲定食」は毎週完売、月曜とは思えぬ売り上げを叩き出している。
しかしそれが回り出すまではかなり長い辛抱があった。

辛抱と継続は最後は掛け算を超えて自乗になる。
去年5月になっても売り上げが回復しないので6月から週末を通し営業にして、6月から毎日SNSを更新することにした。そこに「#宵モカ」や「”あさチル」など自重の負荷をかけて全部を継続していく。
4月に始めた夜珈琲の宣伝活動が実を結び始めたのは9月頃から。
6月に始めたSNSから新規のお客さんがたくさん来始めたのは10月頃から。
8月から始めた月曜珈琲営業もじわじわ伸びてスパークしたのは今年の1月に夕暮れ定食を始めてから。定食を始めてからの反応はすごく早いが、その前に半年以上かけてSNSを毎日投稿という草の根活動をしている。だから「夕暮れ定食が始まった」ことが周知されるまでの時間が短縮された。

1月から始めた「小説家のモカ🍑」のライブ配信「#日曜TUBE📚」も始めて数回で大体100回くらいはどの回も再生されていて、これまでになく手応えを感じるのが早かったけど、これも背景に2021年ー2023年までコツコツ毎週配信していた「レディオイーディNezuU🌈」や2023年11月から凄まじい更新頻度で畳み掛けた「#宵っぱりのモカ」というyoutube発信の下地の上にスルッと乗ったのであって、やっぱり背景がある。

で、このような良き結果を「まぐれ」とか、店でいうなら「世間的に人が戻ってきたから」と片付けてしまうのはよくなくて、ちゃんと分析して、
今こうなのは我が店がいまいち売り上げが伸びない期間も「コロナが明けたら行ってみよう」と誰かに思ってもらったり、そう思ってもらえるための発信を行い潜在的に浸透させるような努力ができていたかどうかは大いに関係すると思う。そしてそれを我々は行なってきたしプロフェッションM(モカコ広報)も「肝心なのは続けることです」と言っていたので、今イーディに新しいお客さんが日々訪れてくれていることはまぐれではないだろう。同時にここで気を緩めるとそれは「2回は行きたいと思わない店」になると思うので結局は「今」の頑張りが大切で、我々は過去から飛んでくるブーメランを受け取りながら同時に未来に向かってモールスしている。

そんなこんなでようやく「宵巴里」をイーディを訪れた新しいお客さんや、ウェブストアからも、ちらほら買ってもらえるーーーと言っても月にまだ10冊以上売れたらいい方よーーーような流れが出来始めて本日なんと大口のプチパトロンも購入いただいた!
しかしこれも2022年8月刊行の書籍と考えたらまわり始めるまでに1年半を要したことになる。

パトロンしてくださる方はこちら!

なのでそれは、やまびこのようには早くない。
しかし忘れた頃に返ってくる。必ず返ってくることだけは証明できた。
だからこそ辛抱と継続の手足を緩めてはならない。
そのふと緩めた怠惰の分も、また忘れた頃に返ってくるから。

それはやまびこのように。と書いたのは、なんとなく「返ってくるのが思ったより遅い」という「遅い」の感覚の基準が幼い頃にやってみた「やまびこ」で形成されているのではないかと思ったから。笑。
なんとなく世界に投げかけた「おーい」は、一拍二拍置いて「おぉーい」と返ってくると思っていて、ちょっと待って返ってこないともう返ってこないと思って諦めて人はそれを辞めてしまう。しかし鏡の法則における辛抱と努力と継続のブーメランは時空を超えて時間差で返ってくる。しかし法則もある。端的に言うと重いところで始めたことは時間がかかり軽いところで始めたところはすぐに返ってくる。まさにそれは振り子の原理ぽい感じで。

この2年いろんなことを試したけど自分でできることは一つもやめなかった。(コラボとかは人ありきのことなのでね)結果、鏡の法則を得た。笑。

今年、自分の位置はグラビティでいうとずいぶん軽いところにいるので、
おそらく現実化や回り始めるのが去年よりも早いスピードになると思う。
グラビティが軽いというのはわかりやすい例えで言うとコンロ周りとかガッツリ油まみれになってから掃除するとめちゃ時間かかるが毎日サッと拭いていたら掃除に要する時間は2分です、みたいな感じに近い。
だけど同時にどんなこともとにかくざっと3ヶ月は継続してから結論を出すというような気概も必要だなと思う。というか継続って結構しんどいので、3ヶ月続けられただけで「こんだけやったんだから何かしらの結果が出るでしょう」という根拠のない自信が生まれる。笑。それだけで儲けものなのかもしれない。その儲けた自信が実体としての儲けを連れてきているのかもね。

とにかくそれは、やまびこのようには早くない。
しかし鏡の法則において、ブーメランは必ず返ってくる、時空を超えて。
3月が終わる頃きっと我が店は黒字になっている。そしてわたしの小説は新たな形で表舞台に出てゆくことになり、わたしは新たな何かを始めてはこれまでの色々を継続してゆく。これらはこの5年をかけて世界にすでに預けた預金ならぬ預力または預運の顕在化であるから、わたしが来月には確実に45歳になってることも含めてハッタリではない。笑。

<月モカvol.277「やまびこのようには早くない」>
※月モカは「月曜モカ子の私的モチーフ」の略です。


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☆モチーフとは動機、理由、主題という意味のフランス語の単語です。☆このページを通じて繋がってくださっているあなた! あなたの「いいね!」はわたしの励みになっています、いつもありがとう。

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