芋出し画像

🍉すきずおる 〈VOL.4〉

深倜、竜之介の郚屋でふず目芚めるず、竜之介がいなかった。窓は網戞になっおいお、湿床の高い、けれど少し冷えた颚が、入るずはなしに入り、ずきたた、竜之介が”さん”に吊るした颚鈎を、思い出したように、ちりん、ず鳎らした。近くの田んがから聞こえるカ゚ルの鳎き声ず、郚屋の隅で焚いおいる蚊取り線銙のかすかな匂いが、涌しくはないこの郚屋を、涌しい気分にさせおいた。
 颚鈎が鳎っお、たずたった颚が流れ蟌んだずき、実環子は目を芚たした。
 颚がさらっおいっおしたったかのように竜之介はいない。
 実環子は、そうっずベッドから降りお、壁に耳を぀けた。䜕も聞こえなかった。
 この地球に、自分ずカ゚ルだけが、眮き去りにされた。実環子は思った。
 
 静寂の䞊にしばらく寝そべっおいるず、もういちど颚鈎が鳎った。
 実環子は思い出したように立ち䞊がった。パンティず、シャツだけを身に぀け、短い廊䞋を静かに歩いお階段をおりた。居間の゜ファで、竜之介はうたたねをしおいた。その足元に、圌をむメヌゞしおオランダで䜜られたオリゞナルのバンゞョヌがそっず立おかけられ、ふちの金色が鈍く光っおいた。ひらべったいががっしりした机の䞊には曞きかけの譜面が数枚ず、譜面づくりに飜きたであろうずきに描かれたらくがき、そしお飲みかけのビヌルが眮いおあった。窓は竜之介の郚屋ず同じように開け攟たれ、同じようにカ゚ルの声が聞こえた。
 竜之介の絵は、らくがきにしおは䞊手く、小さな女の子ず、女の子の背䞈くらいのバンゞョヌが描かれおおり、バンゞョヌには、䞁寧に、竜之介モデルず同じ暡様が描きこたれおいた。
 竜之介には桃色のタオルケットがかけられおいた。
 ほら、ここにも芳本かをりがいる。
 しばらく眺めたあず、実環子はパンティを脱いで、床に萜ずした。そしお、色鉛筆たたはペン、を探しお、そのらくがきに色を぀けた。
 
自分が宇宙そらず寝おいるこずだけは、絶察に芳本かをりに知られたくない。竜之介に知られたくないのではなくお、芳本かをりに。
 実環子は困惑した。自分の知らない自分が、自分の䞭で、自由きたたに息をしおいる。
 実環子は深く颚をすった。次に吐き出したずき、自分はカ゚ルになっおしたうような気がする。
 

「たたご焌きは悪くないね」
 蕎麊屋のたたご焌きを䟋の䞇華鏡で芋おいる。最近宇宙ず、蕎麊屋に寄っお、氷屋に寄っお垰るのが日課になっおいる。氎色のお皿に盛り付けられたたたご焌きの黄色は、䞇華鏡に写るずなかなか映える。着物の柄にあっおもいいなず思うような暡様だ。
 そうこうしおいるうちにかき揚げの枩かいお蕎麊が、運ばれおきた。ここのかき揚げは、別の皿に、こんもりず乗っかっおいる。蕎麊の䞊に乗っおないずころが気に入っおいる。
「よく食えるね、こんな熱いのに」
 目の前で宇宙が、信じられないずいった顔をしおいる。宇宙の頌むお蕎麊はい぀もざるそばだ。
「枩かくしおからいった方が矎味しいのよ、氷が」
 実環子は答えお、先にすこし、぀ゆをすすった。こういうのは嫌いじゃない。熱い日に枩かいものを食べるこず。倏にカレヌを食べるのも嫌いじゃない。
「ねえ、こんど家にこない」
 宇宙が、なんで ず蚊ねたので、実環子は答えた。
「匟に䌚わせたいの」
 宇宙は、なにかを蚀おうずしおやめた。質問を飲み蟌んだふうだった。代わりに、
「みわこの匟サンお、いく぀」
 ず、蚊ねた。
「䞉぀離れおる」
 答えながら実環子は笑っおしたった。
「䞊品ね」
 そういうず宇宙はすこし気を悪くしたようだった。
「だっお、みわこの匟ったっお、俺よりだいぶ䞊だろ」
 蕎麊屋のたたご焌きは矎味しい。たたご焌きが矎味しい蕎麊屋ほど、矎味しい。
「だいぶ、は、ないんじゃないの」
 実環子が蚀うず、宇宙は少し楜しそうに笑った。
「だいぶ、だよ。だいぶ」
 そしおざるそばをぺろっずたいらげた。
 瑞々しい食欲は、男の子を矎しく芋せる。実環子はそう思った。宇宙は匟力があっお、矎しい。

 1,050円ず぀払っお、ふたりは向かいの氷屋に向った。本栌的な氷屋で、かき氷ひず぀䞀番安いので520円もする。氷の倧きな塊が、ぐるぐるずゆっくり回りながら少しず぀削られおいくのを芋るのが奜きだった。粒子の现かいかき氷で、粉砂糖を口に入れたずきず䌌た食感がする。毎日芋おいるので、綺麗に映るこずを知っおいたのだが、すかさず䞇華鏡で、氷の塊を芋た。぀いでにそれを削っおいる芪方も芋た。
「あんた䜕でも芋んなよ」
 宇宙の手で、筒の先を塞がれお、実環子は我に返った。
氷屋で、宇宙は宇治クリヌム金時、実環子はむチゎミルククリヌム、をそれぞれ頌み、
カルピスも䞀緒に頌んだ。芪方は、慣れた手぀きで、氷の粉を高く積み䞊げ、金額盞圓の
芋栄えにした。宇宙が抹茶(正確には宇治クリヌム金時)を食べおいるこずが、実環子には
嬉しかった。宇宙にずっお、宇治クリヌムずむチゎミルクが同じように芋えおいたずしおも
自分たちはなにも困らない。
「ねえ、今日、宇宙を連れお行きたい堎所があるの」
実環子は蚀った。

 実環子が宇宙を連れお行きたかったのは、ある展芧䌚だった。けれども、実環子や宇宙の䜏む町から、その展芧䌚を催しおいる倧きな矎術通のある街たでは、町から海くらい距離があった。
矎術通は、海ずは逆の方向に電車で時間半だったので、町ず海の間に䜏んでいる宇宙にずっおは、垰り道の距離を考えるず、気乗りしない遠さではあったけれど、矎術通に入ったずたん、宇宙の䞍機嫌は䞀瞬にしお消えおしたった。
「䞇華鏡の芖芚」ず名打たれたその展芧䌚は、光、色、音で、芖芚だけでなく、聎芚や觊芚など、人間のさたざたな感芚をあらゆる方向から刺激するように぀くられおいた。五感の刺激ずも蚀えた。最初の䜜品は屈折した鏡で挟たれた、電話線のように暪たわるぐるぐるの螺旋金属のアヌチをくぐるもので、アヌチ自䜓が無数に取り付けられた電球で発光しおおり、そこを通るず、䞇華鏡の䞭を歩いおいるみたいだった。鏡に反射しお、アヌチはどこたでも続いおいるみたいだった。宇宙ははしゃいでそこを䜕埀埩もした。
次に入った郚屋は、真っ暗な郚屋の真ん䞭に机がひず぀眮いおあるだけで、ずりたおお特城がなかった。けれどそこに入るず、無数のひそひそ話が䞀瞬にしおふたりをずりたいた。 
よくみるず、方の壁に、これたた無数のスピヌカヌがずり぀けられおいお、絶劙のずれ具合いで蚀葉を発しおいるのだった。壁は少し固めのスポンゞ玠材でおおわれおおうず぀があり、目を閉じお觊れるずなお気持ちよかった。
「森のささやきみたいだね」
 音の重なりの合間に宇宙は蚀った。
次の䜜品は実環子を䞀瞬困惑させた。それは䞻に色がコンセプトであるように芋えたからだ。巚倧なアクリル板が二枚真ん䞭でゆるやかに回転し、そこに光をあおるこずで、その屈折が癜い壁に、色を生み出しおいた。鮮やかで濃い青から濃い緑、そしお黄色。アクリルはうすいピンクに芋えた。宇宙にはどんなに映っおいるだろう。色の倉化がわからないかもしれない。そんなこずを考えおいたら、アクリル板のゆるやかな回転の、その面に、ゆうらりず、実環子ず宇宙が映った。アクリル板越しに実環子は宇宙を芋た。宇宙は実環子をみた。
䜜品のタむトルをみたずき、実環子は、目に映る色だけにこだわっおいた自分を少し恥ずかしく思った。タむトルは、「投圱される君の歓迎」
倧きな矎術通の䞭をゆっくり巡回するうちに、だんだんず、これは芋おいるのではなく感じおいるのだ、ず実環子は思った。目を介しお、光や䞖界や、瞬間を感じおいるのだず。

 宇宙は、ブロック塀が砎壊される䞀瞬をきりずっお、立䜓的に再珟した、ある䜜品にひどくいれこんでいた。片方から倧きな衝撃を受けお、粉々になったブロックが飛び散る様が、透明の糞で無数に倩井から、おそらく綿密に蚈算された配眮でもっお吊るされたひず぀ひず぀のブロックのかけらで、正確に再珟されおいる。党䜓はたるで空間がれラチンで固たっおしたったかのように、しんず、埮動だにせず、その立䜓の静寂を床の角床から眺めるわたしたちは、たるで止たった時の䞭で、ふたりだけが動いおいるようだった。

実環子は、ブロック塀の隣に眮いおあるミニチュアの家に倢䞭になった。
「そんなの䜕がおもしろいの」
「昔から奜きなの。隅々たで眺めお、小さな郚屋の小さな戞棚に入っおいる小さな小さな、それでいお粟巧に぀くられたティヌカップに添えられたさらに小さな銀のスプヌンに刻たれた暡様ずかを芋るのが楜しいの。あずほら、こうやっおテヌブルの䞊のお皿の、その䞭で霧られたたた残されおる゜ヌセヌゞずかを芋おるのが、ものすごく幞せなの」
 宇宙は、竜之介みたいに、玠敵な考えだ、ずは蚀わなかった。
「ぞヌ」
 ずいい、
「やっぱりお前っお倉わっおんな」
 ずいい、たたブロック塀に目を移しお、
「これ、すげヌ」
 ず蚀っただけだった。けれど、その宇宙の背䞭ず、ミニチュアに倢䞭になる自分にある距離感はちょうどいいように実環子には思えた。竜之介ず自分の䞭にあるものの方がどんどんあやふやになっおいく。
 最埌に入った郚屋は、巚倧なミラヌボヌルが個ず぀列に吊るされおいお、十四個のミラヌボヌルが十四個の照明に照らし出され、郚屋䞭が煌く星屑のように銀色にたたたいおいた。奥の窓の奥では日が暮れお、倜景が広がっおいた。
 暗いその郚屋で、実環子ず宇宙はその銀色、もしくは癜の぀ぶ぀ぶをずっず芋おいた。実環子が倩井に映るそれを、カ゚ルのタマゎみたいず思っおたそのずき、宇宙がぶっきらがうに蚀った。
「これさ、あんずきの桜みたいじゃねえ」

  なるほどそうやっおもう䞀床倩井を芋おみるず、それはもう倜空にしか芋えなくお、そこをたたたきながら移動する光の粒は、あのずき寝転んだふたりの䞊に散りながら降っおきた゜メむペシノの花びらそのものなのだった。
 それは、うたく蚀えないけれど、ずおも神々しいこずのような気がした。二人に芋える景色は色だっお違うのに、今芋おいるものだっお、正確には桜の花びらではないし、芋ようず思えば他の䜕にでも芋える。けれど、もう、ふたりにずっお、これは゜メむペシノ以倖䜕でもないのだ。実環子は思った。目に芋えるものは”色や圢ではないのだ”。いやもちろん色で、圢なのだけれど、それは光で、それは感情で、それは蚘憶。わたしたちは、この銀の粒にあの日の景色を投圱できる。もずを蟿ればすべおそれが光の手品なのなら、わたしたちは堂々ず化かされよう。抗ったり、問いかけたりせず、ただ化かされよう。実環子はそのずき、わたしたち(わたしたち・匷調点)ず思った。ここに生たれた気持ちは、今たで実環子が䟝存しおきた、手を繋ぎたい、ずか、口づけをしたい、ずか、䜓を今すぐ重ねたい、ずか、そういうのではなくお、竜之介ずの間で認め合っおきたお互いの䞖界芳の尊重ずも党然違う皮類のものだった。
氎が、高いずころから䜎いずころに自然に流れるように、違った颚に芋えるはずの景色が重なっおいるのだった。それは互いの目の䞭に互いが映っおいる、ずいうこずず、ずおも䌌おいるような気がした。
きちんず距離をずったたた、実環子ず宇宙は、降りしきる゜メむペシノの花びらの䞋に、い぀たでも立ち぀づけおいた。光ず蚘憶の手品に化かされお、十四個あったミラヌボヌルはもう芋えなくなっおいた。

VOL.5ぞ続く

この小説は2009幎に執筆されたした。
今の時代にはないレトロモダンな䞖界ず時間をお楜しみください♩

「すきずおる」の前身小説「゜メむペシノ幻冬舎電子曞籍版」はこちら


栞珈琲at PASSAGE Bis!は7月末で䞀床終幕いたしたしたが、
本連茉は真倏に真倏をかぶせお続きたす🌻✚

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では次回をお楜しみに🍉✚

がんこ゚ッセむの経費に充おたいのでサポヌト倧倉ありがたいです