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娘は他人

実家を出てから、母はわたしのことを時々他人のように扱う。

年末実家へ帰ったとき、風呂に入りたいんだけどいいかなと、母に訊くと「いいけど。あっ、ちょっと待って」となにかを思い出したように、風呂場へと走り出した。

どうしたのかと思い、母の背中越しに風呂場のなかを覗いてみると、なにやら浴槽にかぶせる蓋を畳んでいる。

よく見ると蓋の裏には黒カビがびっしりとこびりついており、元は白色だったと思われる浴槽の蓋は原型を留めず、濁った灰色のような腐った色に変わり果てていた。

「うわあ!」

「ごめんごめん、これね。ずっと変えようと思ってたんだけど、なかなかねぇ」

「いや、ごめんっていうか。よくこんなになるまで放っておけるなあ」

「ここで生活してる人は気付かんもんなのよ、やっぱりたまにはね、こうやってよその人に来てもらわんとね」


よその人。

母はハッキリとそう言った。

この家で暮らしている以外の人間に来てもらうと、部屋のなかが綺麗に保てるという意味合いなんだろう。
しかし、よその人と言われた瞬間、自分は家族ではない、見ず知らずの他人になったような気がして、なんだか泣きたい気持ちになった。


また或るとき、実家に帰ったときのこと。

ご飯食べて行ったら?と言ってくれたので、せっかくだしと、いただくことにした。

「わたし、箸どれ使えばいいかな」と訊くと、「じゃあ、この箸使ってもらっていい?これ、お客さん用の箸だから」と言われた。

胸のなかで寂しさがちりちりと燃えるような感覚を味わった。
でもきっとこの感覚はこれから実家に帰省するたび、何度も味わうことになるであろう。

お母さん、わたし、いつまでもあなたの娘です。

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