ドローンがケーキを作る「ドロネア」

 2100年には全てのパティスリーがこの店と同じ方式を採用しているかもしれない。紹介しましょう。ここが未来のパティスリー「ドロネア」だ。この店は売り子兼店長の麻信田猛吉(ましんだ・もうきち)氏とメンテナンススタッフ以外の人員を置いていない。パティシエ不在のパティスリーなのだ。しかし、それはパティシエの変わりに素人がケーキを調理している、ということを意味しない。全パティシエが自宅勤務で厨房では遠隔操作のドローンが飛んでいるのだ。そのドローンたちがパティシエに代わって調理を行っている。
 麻信田は前職がいわゆるブラック企業のエンジニアだった。一日に40時間労働を強制され月の残業時間は優に1200時間を超える。身も心もすり減らし1000日ぶりに休みを与えられたものの休みの使い方がわからず先祖の墓石を舐めているときに「舐めるならこちらをどうですか?」と差し出されたケーキを食べたことから転職を決意、自分で店を出す事にした苦労人である。彼はパティシエもまた重労働に苦しむ被害者だと看破し、全てのパティシエを自宅勤務・裁量労働に変えた。その甲斐あってかパティシエたちの月の残業時間はゼロ。偉大な改革を成し遂げた麻信田だが、改革者の顔色は優れない。

 「ドローンを導入したことに間違いはありませんでした。しかし、ドローンの管理が問題だったのです」

 そう、パティシエを全員自宅勤務にしたまでは良かったが、ドローン技術者の大量雇用と彼らの残業時間が問題になっているのだ。まだ未発達の技術であるドローンは厨房内で頻繁に衝突事故を起こし、その度に技術者が出てきて修理と再調整を行う。五人体制の整備チームは自宅に帰ることも風呂に入る事すらできずケーキ屋の床で悪臭を放ちながらうずくまっている。またそれらの人件費がケーキ代に跳ね返りケーキは1ピース12万円といささか高額になっている。それでいて味はコーヂーコーナーと大差ないのだからたまらない。

 「お客様は私達の『理念』にお支払いいただけると思ったのですが、どうやら考えが甘かったようです」

 2018年6月 インタビュー後、麻信田氏は帰らぬ人となった。一向に改善されない労働状況と残業代の不払いからドローン技術者たちの不満が爆発。20機のドローンに襲撃を受けて全身を切り刻まれてケーキに混ぜられてしまったのだ。これによってケーキ革命の波は100年遅れてしまったかもしれない。我々が生きる今は麻信田氏が生きたかった未来だということを肝に銘じなければいけない。

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