ケーキヤクザの店「甘極道」

 この店は現役のヤクザが運営しているかなり珍しい店である。店長は腹富士組系暴力団「稲餅会」の組長を兼任しておりそちらでも熱心に活動を継続している。店内はベルベットを多用した高級感のある内装だがベンツのエンブレムがやたら刺繍されておりそこはかとない悪趣味さをかもし出している。店員はガリガリに痩せたタイ人女性や歯がほとんどない何を喋っているのか全くわからない青年など、どこか訳ありな雰囲気だ。しかし、ケーキはいずれも本格派で正規ルートでは決して出回らない高級品や希少な材料で作られている。目玉は覚せい剤が入ったチョコレートケーキ「シャブ・ド・ショコラ」だろうか。このケーキ欲しさに起こった強盗事件も付近では10や20ではきかない。かつては対峙した相手の背骨をベニヤ板を割るように易々と折ることから「新宿の割り奉行」として知られた殺下 殺乃進(ころした・さつのしん)組長/店長は語る。

「ヤクザと言うと反社会的な集団だと身構える方も多いのですが、社会を生きる同じ人間です。こうして社会に貢献している様を見ていただき、ヤクザへの偏見もなくしていただければと思っています。」

 そう言うと彼はほとんど指の無い手で禿頭を撫で回しながら愛おしそうな目で店内を見回す。

「このイートインスペースをご覧ください。防弾ガラス製なので他のパティスリーから襲撃があっても安心して食事を続けられます。先月も利用中にお亡くなりになったのはたったの二名でした。組事務所を構えていた頃とは流れる血の量が全く違いますね。お客様のプライベートには最大限の配慮をいたしますので、商談の場として利用いただいても問題ございません」

 確かによく見ると得たいの知れない白い粉や注射器を客同士がやり取りしているのが見て取れる。少しお客さんにインタビューを行ってみたいと思う。テーブルに近づこうとするとグッと身体がつんのめった。店長が二本しかない左手で私の肩を押さえている。凄まじい力で全く身動きが取れない。

「お客様のプライベートには最大限の配慮をしております」

 少しだけお客さんの話を聞きたいのですが、食い下がるが徐々に肩に食い込む指の力が強くなっていく。何かのスイッチが入ってしまったのかもしれない。店長の顔が真っ赤になり鼻息が荒くなっていく。肩は強く握られすぎて指先の感覚がなくなってきた。更に店長の筋肉が隆起するとコックコートが弾け飛び上半身を埋め尽くす刺青が露になる。胸の中心に鎮座するのはたおやかな笑みを浮かべたオーギュスト・エスコフィエだ。意外なところから店長が尊敬する人を知ることができた。が、しかし、もうつかまれた腕の先が真っ白になっている。痛みすら感じない。そこへ厨房から飛んできた若い衆が店長の怒張した腕に注射を一刺しするとみるみる顔色が元に戻りスッと手を離すと無言で店の奥へ戻ってしまった。若い衆は「今日のところは帰ってくれ」と身振りで伝えると店長と共に消えた。痛みの戻ってきた肩をさすりながら店を出ると丁度入れ替わりに入った男が店内で爆発した。敵対するパティスリーの襲撃だろう。もう少し店に残っていたら私も危なかったかもしれない。あれは店長なりのやさしさだったのかもしれないな。千切れ飛んできた男の腕をまたぎながら社へと急ぎ戻るのだった。

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