「肉体の門」

 いつ来てもスタッフ一同最高の笑顔で迎えてくれる店がある。寸場沼東町の「肉体の門」である。ここの特徴はケーキを作るときに一切の機材を使わないことにある。そのこだわりは他と一線を画している。電動の泡立て器を使わないなどという生ぬるい話ではない。金属器一つ、ボウル一つすら使うことはないのだ。アシスタントが手をボウルに見立ててそこへ材料を入れるとパティシエが指でかき回す。その妥協無い姿を披露するために厨房は完全にガラス張り。そこへ全裸のパティシエが何十人もひしめいてケーキ作りをしているのだ。凄まじい熱気が立ち込めている。あるものはオーブンの代わりに摩擦熱でクッキーを焼き上げようとクッキー生地をひたすらこすり続け、あるものはクリームの絞り機の代わりに自分の口からクリームをひねり出している。すべて人力。肉体の門を開けよ。開けた先のパティスリーである。
 
 Q.なぜ一切の機材を排除したのですか?

 A.「自分はケーキをただ作りたくてこの仕事を始めたのではありません。人類の更なる進化のためにケーキ屋を始めました。ケーキ作りのために道具は日進月歩進化を続け、出来る事も大量に増えました。しかしどうでしょう。扱う人間側はさほど進化をしていません。我々の肉体が先に進む事を諦めてしまっては、ケーキの進歩も止まってしまうでしょう。確かに現時点で我々の肉体はケーキを作ることに最適化されていません。ですがこのまま世代を重ねていけば手が泡立て器状に進化した人間が生まれるかもしれません。足の裏がオーブンになった人間が、あるいは誕生する可能性もあるでしょう。私は人類史に新たな一ページを加えたくてこの店を始めたのです。ケーキ作りのために進化した『ケーキ人』とも呼べる新たな人類を生み出す為の最初の一歩なのです。」

 ありがとうございます。

 しかし、店長の高邁な理想は付近住民の理解を買うことはできなかった。ガラス張りの中で全裸の男達が動き回っているのである。公然わいせつ罪で一同逮捕されてしまった。今でも店長が全裸で「ここは私有地です!ここは私有地です!入らないでください!」と絶叫しながら警察官と押し問答する様はYOUTUBEで見ることができるだろう。たとえ私有地であったとしても往来に裸体をさらしてはいけない。彼の逮捕から学ぶことは大きい。

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