海底ケーキの店「ぽせいどん」

 私が知る限り、このシチュエーションで食べられるケーキ屋は日本でただ一つである。世界を回ってみても、ここだけかもしれない。この店が営業しているのは瀬戸内海の海中。販売もイートインスペースもすべて海中。海の中でケーキを食べる事ができる店なのだ。まず行くためにはスキューバダイビングの免許を取得する必要がある。そしてボートを手配して瀬戸内海の特定のポイントに行くと「ぽせいどん」の看板が立っている場所がある。あとはその場で潜水服に着替えて海に飛び込めばよい。しばらく重力に任せていると海底にテーブルや椅子が鎖で縛り付けられているのが見えるだろう。先客がいれば誰か座ってケーキを食べていることもある。
 着地するとぽせいどんの店員がやってきてテイクアウトかイートインかを手話で聞いてくる。しかし、ここでの醍醐味はやはりイートインだろう。海中で食事をする機会などほとんどない。席についてメニューから「とらいでんとケーキ」とホットコーヒー、そして酸素がやや心もとなくなっていたので酸素ボンベを注文してしばらく待つ。奥から水を遮断するガラス容器に入ったケーキとコーヒーを持ってきて目の前に置くと慇懃に頭を下げて店員は去ってしまった。しかし、どうやってこの容器をあければいいのだろう。何か仕掛けがあるのかもしれないとガラス容器を引っ張ったが、水圧でくっついていて全くビクともしない。困っていると店員が来てかなづちを持ってきてくれた。どうやら用意するのを忘れていたようだ。ガラス容器を割るとその瞬間コーヒーは海水と混ざって雲散霧消してしまうし、ケーキも海水でヒタヒタになって浮かび上がってしまった。あいにく回りにケーキを食べる人はいない。どうやってこの状態を脱すればいいのかわからない。とりあえずボンベを一瞬外してコーヒーを飲んでみるがカップ内には一滴のコーヒーも残っておらず、ただの海水だった。浮かび上がったケーキに泳いでいってバラバラになる前に、と口に押し込んだが海水がしみこんだスポンジのような味がするだけだった。おまけに激しくむせたせいでケーキが酸素ボンベのチューブに詰まってしまい息ができなくなった。何リットルもの海水を飲み、海中から救難信号を送りボートから命綱を引っ張ってもらってなんとか命からがら船上まで戻ってきたが、もうケーキどころではない。何も聞こえない。息がまだ吸えない。鼓膜が破れ、肺が破裂していた。もうこりごりなり~。

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