南米ケーキの店「レインフォレスト」

 南米ケーキの店「レインフォレスト」は二キロ先からでも存在感を感じさせる。店で飼っているホエザルが常に泣き叫んでいるのだ。大地を引き裂くような大音量は地域の風物詩であり、付近は「ホエザル止めろ!」「ホエザル殺せ!」のポスターで埋め尽くされている。いつ来ても元気が良い。お店の概観はシンプルなガラス張りなのだがしかし、中は全く見ることができない。その理由は扉を開けた時に理解できるだろう。
 店内をすさまじい勢いで水が天井が床へ流れ続けているのだ。ジャングルのスコールをイメージしたという特殊な設備が設置されており、日本国内ではこの店でしか体験できない猛烈な水の奔流を味わうことができる。水煙の奥でかっぱを着こんだ店員が「いらっしゃいませー」だと思うのだが何か言っている。人の声は水音で全く聞こえない。ずぶ濡れになりながらショーケースまでたどり着くがケースは内側から曇っていて何も見えない。店員におススメをくれるよう身振りで示すといくつかケースからケーキを出してくれたのだが、目の前で豪雨に打たれてどんどん形がなくなっている。こんな店内なのに目が慣れてくるとイートインスペースでは食事をしている人もいるようだ。とはいえそこも凄まじい豪雨に襲われており老婦人は元コーヒーの冷や水を静かに飲んでいる。話を伺えば外交官婦人としてコロンビアに駐在になった際によくこうしてスコールの中でコーヒーを飲んでいたそうである。自分もそれにならって店内でケーキをいただくことにした。食べるのは名物ケーキの「Culata de caballo」だ。Culata de caballoだったのだが店員がケースから席まで運んでくる間に雨に打たれてすべて流れてしまった。しかし、これが醍醐味なのだと婦人は笑顔でうなづく。もう一つ、もう一つ、と何回頼んでもケーキが席に来る頃にはただの水溜りになっている。諦めて帰ろうとすると三つ分のケーキの代金を請求された。後ろから高笑いする老婆の声が聞こえる。この店は取材の三ヵ月後に潰れてしまい店の跡地にはうっそうとした森が茂っている。

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