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思い出置き場。ときどき、自分の考え方について吐露しています。

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最近の記事

おもちゃのカンヅメ、2つ。

今も昔も、お菓子が大好き。 時々は、食事時間に「ごはんよりもお菓子を食べたい」と思う日もあるくらいにはお菓子が好きだ。 特に好きなお菓子は、悩むけれど、やっぱりチョコレート。 シンプルなチョコレートもいいし、ポッキーやアルフォートもいい。 ナッツが入っているのもすごく好きだ。 いまでこそ大好きなチョコレートだが、子どもの頃は取り立てて好きではなかったような気がする。 食べている最中は甘くておいしいのだけれど、後味がちょっぴり苦かったことと、口の中にいつまでもそれが広がってい

    • きのう突然、とんでもないことに気が付いてしまった。わたしは、コピーライターの仕事がものすごく好きじゃない。苦痛だ。そうとわかれば心は軽い。何だか目からうろこの気分で過ごす今日、やっぱり好きじゃないし苦痛だと思うできごとに見舞われる。好きじゃないっていうか、嫌いになりそうだ。

      • 絶体絶命の夜桜。

        社会人になって最初に会社は、4月に桜が咲く地域にあった。 わたしが所属する顧客センターはもちろん本社にもあって、すでに実務にあたっていたことから、新入社員研修の合間に業務のことで教えていただいたりもしていた。 顧客センターでは、毎年春には夜桜の下で花見を楽しんでいるそうで、研修で滞在している間に開催するからとわたしも誘っていただいた。 夜桜は見たことがないし、いわゆるお花見も家族意外としたことがない。 いいな、お花見。 そうは思ったけれど、お名前やお顔を一通り知っている

        • 向いているとか、向いていないとか。

          これまで、明確に書いたことはなかったが、わたしが現在勤めているのは広告制作会社である。 肩書はなんと、「コピーライター」。 立派過ぎてくらくらする。 この肩書をもらった6年前はうれしくってくらくらしたけれど、今はふさわしくなさにくらくらする。 無理むり、わたしはコピーライターなんて向いてない。 幼い頃から、それはそれはたくさん書いてきた。 祖父母の家に泊まった日には過ぎたカレンダーの裏に新聞を作ったし、手紙を書くのも大好物。 国語の授業が好きで、中でも作文の授業は「待ってま

        おもちゃのカンヅメ、2つ。

        • きのう突然、とんでもないことに気が付いてしまった。わたしは、コピーライターの仕事がものすごく好きじゃない。苦痛だ。そうとわかれば心は軽い。何だか目からうろこの気分で過ごす今日、やっぱり好きじゃないし苦痛だと思うできごとに見舞われる。好きじゃないっていうか、嫌いになりそうだ。

        • 絶体絶命の夜桜。

        • 向いているとか、向いていないとか。

          打ち合わせにて、尊敬している代理店の方に初めて原稿一発OKをいただく。うれしい。メールでなく、伝言でなく、ダイレクトに褒めていただいたのも初めてである。うれしい。こんな風に、「わたしなんて」というタイミングで誰かがぽんっと飴ちゃんをくれるから、うっかり続いて6年が過ぎたのだった。

          打ち合わせにて、尊敬している代理店の方に初めて原稿一発OKをいただく。うれしい。メールでなく、伝言でなく、ダイレクトに褒めていただいたのも初めてである。うれしい。こんな風に、「わたしなんて」というタイミングで誰かがぽんっと飴ちゃんをくれるから、うっかり続いて6年が過ぎたのだった。

          曖昧な記憶の先に、ピンクの宝石。

          わたしが幼稚園生だった頃、キラキラ輝く、宝石のようなキーホルダーが流行った。 恐らくアクリル製であろうそれは、大きさも色も形もさまざまで、クラスの子でも何かしら持っている子が多かった。 もちろんわたしも憧れていてうらやましく思っていたが、なかなか買ってもらえなかった。    ここで記憶が飛ぶ。 わたしは、ピンク色の宝石キーホルダーを持っていた。 結構大きくて、3センチくらいはあっただろうか。 当時売られていた宝石キーホルダーの中でもかなり大きい方だった。 キラキラして

          曖昧な記憶の先に、ピンクの宝石。

          すっかりご部沙汰してしまいました。 一昨年のガンが転移したため、昨年秋から治療していました。落ち着いてきたので、またボチボチ再開します。

          すっかりご部沙汰してしまいました。 一昨年のガンが転移したため、昨年秋から治療していました。落ち着いてきたので、またボチボチ再開します。

          日記のはじまりは、すもも。

          初めて日記を書いたのは、小学校2年生だったと思う。 きっかけも、タイミングも忘れてしまったけれど、母が日記帳を買ってくれたのが、人生における日記との出会いだった。 初めて手にしたそれは、ピンクの小花柄で、厚さは1.5センチくらいだっただろうか。 しっかりとしたハードカバー、表紙にはサンリオキャラクターのマロンクリームが控えめに描かれていた。 そして、なんと、鍵がついていたのである。 表紙と裏表紙を留めるように施されたプラスチックの鍵。 これが何とも言えない、心くすぐるポイント

          日記のはじまりは、すもも。

          一緒にいただけの春。

          一番初めに正社員として勤めた会社は、本社を中部地方に置く会社だった。 3月に大学を卒業し、4月からその職場にお世話に…なってはおらず、8月から入社したいわゆる第二新卒だった。 本来同期になるはずの面々は4か月ほど先輩で、すでに実務にあたっている。 受けるはずの新入社員研修も受けず、すぐに実務を教わる日々。 秋には社員旅行に参加し、夜の宴会では同期になるはずの面々がステージで繰り広げる余興を眺めた。 このくらいの年齢の頃、たった1~2歳程度差や、わずかに違う入社タイミングは、

          一緒にいただけの春。

          こんなときは、スープカレー。

          久しぶりにスープカレーを食べた。 スープカレーはお気に入りのお店があるくらいに大好きなのに、食べたのは1年ぶりか、2年ぶりか。 その日は、いつでも腹ぺこなわたしが食欲を失うほどに疲れていた。 食べずに帰宅するのは精神衛生上よくなさそうな予感だけれど、何を食べたらいいのかもわからず、しばし呆然と立ち尽くした。 ふと「こんなときは、スープカレーでしょ」と思った。 そうだ、スープカレーだ。 こんなときは、スープカレーなのだ。 ◇ かつて同僚だったTと初めて対面したのは、当時勤め

          こんなときは、スープカレー。

          あぁもう一度、住めたなら。

          2023年1月。 数億光年ぶりに、大阪と宝塚を訪れた。 それは想像を遥かに超えて心ときめく体験で、今思い出しても泣き出したいような、叫び出したいような気持になる。 やはり関西、とりわけ大阪と宝塚は、わたしにとって本当に特別な場所なのだ。 言わずもがな、関西に惚れ込むきっかけとなったのは宝塚である。 幾度となく足を運び、ご贔屓との思い出もこれでもかと詰まった場所は、何度訪れてもずっと特別だ。 ほんのささいな瞬間や、何気ない光景までも、不思議なほどにありありと思い出せる。 (余

          あぁもう一度、住めたなら。

          ドイツ語のとりこ。

          以前、こんなことを書いた。 憧れのウィーンで、エリザベートを観劇した話である。 この観劇をきっかけに、わたしはドイツ語に惚れ込んでしまった。 これまで触れたことのある外国語と言えば、中学と高校で学んだ英語と、大学で授業を取っていた中国語である。 ドイツ語にはちらりとも触れることなく、20代も半ばになっていた。 ウィーンへの並々ならぬ憧れと、大好きなシシィにまつわるたくさんの雑学を持っていたにも関わらず、ドイツ語に興味を抱かなかったというのも妙な気がするのだが、とにかく訪れ

          ドイツ語のとりこ。

          ドラマは苦手である。

          趣味を聞かれたら、舞台鑑賞と答える。 これはもう、人生における趣味だから、長いこと観に行けていないからといって「趣味と言っていいのだろうか」と悩むことはしない。 一つの箱(劇場)の中で、時代も国も違う世界が広がる数時間。 頭のてっぺんまで鳥肌が立つ感覚を幾度も味わいながら、さまざまな感情を抱き、自分の五感をアップデートしていく。 例えるならば、海外を旅するような、全くの非日常を味わうことができる貴重な体験だ。 よくよく振り返ると、小さい頃は歌うのも踊るのも大好きで、小学校の行

          ドラマは苦手である。

          なんちゃってお嬢様への道。

          わたしは、地元にある私立女子大の文学部の卒業だ。 ちょうど、両親から上の世代ならば 「まぁ、〇〇大学?お嬢様ねぇ」 「へぇ!〇〇大学の文学部か!優秀だなぁ!」 という評価をもらえるような、昔は良いところのお嬢様が通うような女子大だ。 わたしはずるい人間なので、こう言われたら 「いえいえ、それほどではないんです」 と謙遜しつつも、そのイメージにちゃっかり乗っかってきた。(ありがたや。) そもそも、この大学を目指そうと思うまでの経緯もめちゃくちゃだし、入学してからの過ごし方もめち

          なんちゃってお嬢様への道。

          三つの財布。

          今わたしが使っている財布とは、かれこれ10年近くの付き合いだ。 元々物持ちが良く、良いものを長く、さほど良くないものも長く使うタイプである。 これは、物をむやみに増やしたくないとか、値段問わず本当に気に入ったものしか持ちたくないとかいう性格も大いに関係しているかもしれない。 財布も同様で、30年少々の人生で使った財布は恐らく三つ。(パートナーと暮らすようになって、生活費の財布を分けているから正確には四つ。) どれも変えるのが惜しいほど気に入っていたものばかりである。 初め

          三つの財布。

          二十歳の”ちょっといいお店”デビュー

          もう何年も前のことになるが、わたしが二十歳を迎えたとき、お祝いにと父が食事に連れて行ってくれた。 父と二人で出かけることなんてなかったので何とも微妙な気持ちではあったが、「二十歳」というちょっと特別な(今は18歳の方が特別なのだろうか)言い訳があるので良しとした。 連れて行ってもらったのは、腰を折らないと通れないような小さな入口の居酒屋だった。 ちょっと良い、隠れ家みたいな。 父は何度か訪れたことがあるようで(というか、自分のなじみの店にしか人を連れて行かない人だ)、やや親

          二十歳の”ちょっといいお店”デビュー