交差点1

新宿方丈記・37「爪を切る」

日曜の夜には、決まって爪を切る。短く切ることもあるし、ヤスリをかけて整えるだけのときもある。もう長い間の慣習になってしまっているが、いつの頃からか、この儀式が終わらないことには日曜の夜終了、というシャッターを下ろせなくなってしまった。学生の頃は何をするにも長い爪は邪魔だったので、潔いまでの深爪であったが、それ以降はまあ、それなりに爪は綺麗にしている。若い頃、せっかく綺麗なビシッとした格好なのに、指先が残念な女の人を見かけたのが発端だったろうか。おしゃれ云々より、身だしなみとしてそれはいけないんじゃないか、と自分なりのルールで決定したのを覚えている。とはいえ爪を整えて綺麗にネイルを塗るだけである。綺麗な模様や色味の爪は素敵だと思うけれど、美容院でさえ得意でないのに、ネイルサロンなどというところで1対1で向き合って、どうしたらいいのかわからない時間を過ごすのは厳しいゆえ、却下。大体、今の流行りはこれです、とかキラキラのビジューなどのっけられても困るので、ハナから無理。結局自分でやるしかないのだが、なかなかどうして、最近は細い筆のついたマニキュアなども売っていて、好きなようにカラーリングできるではないか。これは楽しい、というわけで、もっぱら日曜の夜はネイルに数十分の配分が割り当てられることとなった。テレビ画面の上に流れる台風情報を横目で見ながら、鼻歌交じりで爪を磨く日曜の夜である。窓に打ち付ける雨音も幾分穏やかになり、このまま嵐が行き過ぎるのだろうか、静かに夜が更けてゆく。雨で濡れた交差点に赤信号が滲み、夏の終わりの逃げ水のように、車が浮かんで見える。ベランダから戻るとき、さっき指先から切り離したばかりの三日月型が一つ、落ちているのを気付かずに踏みつけてしまった。ちくっとした痛みと、窓を曇らせる冷たい外気に身震いする。台風一過はきっと、秋を通り越してもう、冬の気配なのだろう。






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