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新宿方丈記・34「抽斗の中」

正午近くに目を覚ました時、部屋の中は熱帯みたいに暑かった。寝ぼけ眼で踏み入れたバスルームは特に湿気が酷く、洗面台の前に立つだけで首筋に汗が流れる。九月も半ばを過ぎたというのに、初秋どころか夏がぶり返したみたいだった。この部屋は窓が大きくて陽当たりが良すぎるのだ。おかげで世の中の秋だ最低気温だ北のほうでは初霜だ、などという季節感とは若干のズレが生じる。それがそのまま、世間一般とズレた自分に合っているではないかと妙に納得して、この部屋を気に入っている理由の一つでもあるのだが。とりあえず冷蔵庫から重い2ℓの水のボトルを引っ張り出し、グラスに注いで一気飲みした。冷えているはずなのにあまり冷たくはなかった。気圧のせいか、ここのところ頭痛がする。頭痛とも長い付き合いなので、大抵は気にしないのだが、大事な用がある時や頭を使って考える事項が目白押しの時は、頭痛薬に登場願うことになる。この日はやるべき大事なミッションがあったので、さっさと薬を飲む。TODOリストのトップは「衣更え」であった。そう、季節ごとにやってくるアレである。別にやらなくてもどうにかなるやつでもある。さすがに真夏と真冬じゃ差があるけれど、昔ほど季節ごとの格好の差を感じなくなってきたのは確かだ。特にエアコンの効いたオフィスの中では、1年中大して変わらない格好をしている気がする。しかし私はこれが許しがたく、一人で衣替えを敢行している。例えば夏の素材である麻のジャケットを、いくら残暑が厳しいからって秋口に差し掛かっても着ていたくはないし、春の声が聞こえる頃になれば、多少寒くても分厚いウールのコートは遠慮する。単なるやせ我慢みたいだけれど、おしゃれなんてやせ我慢でしょう、と思っているから譲らない。さりげなく、ちゃんと衣替えできている人は、粋だなあと思う。新しいファッションが出てくるのは素敵なことだけれど、古いものを理由も考えずに崩したり、上辺だけ真似するようなカルチャーは苦手である。なんでもあり、は新しい、面白い何かを生み出すかもしれないけれど、秩序のない、ただの「だらしない」になってしまう危険も大有りだから。六月の朝、すれ違う通学途中の学生の姿が、一斉に夏服になって白っぽくなる。あの清々しさに季節や時間の流れを感じる、その感覚は大切にしていいと思っているし、そこを理解せずに何をか言わんや、である。

クローゼットの奥から引っ張り出したあれこれを、面倒臭いとか言いながら、実は楽しんで入れ替えて行く。手前の抽斗を秋冬物で満たし、満足げにドアを閉める。寒いのは苦手だけれど、大好きなタートルネックの季節が少しだけ待ち遠しくもある。さて、忙し過ぎる日々が続いているけれど、しばらくは空っぽになった自分の引き出しを満たさなければ。油断していると、秋はあっという間に過ぎて行ってしまうから。







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