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9/3 『マルドゥック・アノニマス 8』を読んだ

「1巻まるごと400ページ、エンハンサー100名の総力戦!」ってオビに書いてあるけど、はたしてそれは宣伝文句として適正なんだろうか? 面白いけどこれから読もうって人にリーチするものか? 8巻ともなれば最早ついてくることを信じるのみか。面白さでねじ伏せてやるという腹積もりか。確かに面白かったけども。
主人公の活動から離れたところで、大勢の能力者たちが出てきてはやられていく様を描く……というと、まるで西尾維新『悲報伝』のようでもある。あちらは新たに登場したキャラが片っ端から退場してったから名前を覚える必要もあんまりなかったけど、こちらはそこまで退場しなかったので多少は覚えてなくてはならない。とはいえ何人かの人物はその生い立ちなども語られたので覚えやすくはあるが。また一部のキャラはその生い立ちが抗争の舞台となったマルセル島とも関係しており、自分たちの地元にのさばる悪党どもを一掃するために力を得て戻ってきたりしている者もいて、なんかマルドゥックシティ版『地元最高!』っぽいな、とも思った。最近ツイッターで掲載されてるのを読み始めたばかりだから、それがどれほど正しいかはわからないが。でもジェイクの台詞の「金持ちどもは合法的だから雲まで届くビルを建てられて、おれたちは違法なことしかできないからストリートに縛りつけられたままだ」というところなどは、かなりそんな感じがする。
修羅場を通して〈クインテット〉の面々は共感シンパシーのつながりを更に強固な絆に変えていき、中でもバジルとシルヴィアのつながりはより密接に深まっていく。イチャイチャしやがって、とはいえファフナービヨンドでの千鶴と史彦のようなケースを踏まえるとなかなか油断はできな~~ってあ、あ、あ゛!あーもう!
……という感じに最後の場面ではなっていた。ハンター側が抗争に勝利し、より高みへ天国への階段マルドゥックを昇っていくというところで、時間を跳ばして最初に描かれていた葬儀がシルヴィアのものだったことが判明する。前巻から足かけ1年以上も引っ張っていたのだから、こっちも誰だろうといろいろ想像していた(まさかウフコック?ビル・シールズ?オフィスとハンター双方に縁のある人物とすると、ショーンということも?など……)し、シルヴィアの可能性も一回くらい考えてた気もするが、話運びの妙にすっかりやられてしまったぜ。すっかりというか、グッサリというか……これがマルドゥック。これぞマルドゥック。油断すまいと思ってたのに、思ってた以上にくらっていた。野郎、このための時間軸ぶつ切り構成だったか。
次巻からは再び時間軸が合一するのか……いや、肝心のシルヴィアが如何にして命を落とすに至ったかがまだ描かれていないか。おそらくはラスティと共に楽園へお礼参りに行ったところで事件は起きたのだろうけど。しかも、その場にはバロットとアビーも居合わせており、そのため容疑者に挙げられているという。一緒に向かっていた筈のラスティがバロットの犯行を確信してることや、行く前に多幸剤ヒロイック・ピルを飲んでるあたりがすっげ不穏。
バロットの活躍シーンも、少ないながら印象的だ。「なぜ、私なのか」という問いを……かつてタブーとされ、それを犯すことから『マルドゥック・スクランブル』のすべてが始まることになったその言葉をいま再び、確たる己の意志の下、今度は武器として正しく用いられるようになっていたのは静かに胸熱だった。
あと、シザースの人格操作について、いまだからこそ思うこともあった。無意識に行動を操ったり、すでに死した人物の人格を再現したり、シリーズ全体を通しても随一のSF要素であるなあ、と、前巻までは思ってたけど、いま現在現実にChatGPTとか、自動生成AIのようなものが出てきてしまっていることを考えると、まあマルドゥック世界ともなればシザースぐらいはできるかもな、と思えてしまう。その人の人格を本当に再現できてるかどうかはともかく、少なくともある程度の人に「再現されている」と感じられる程度の何かは作れてしまうのだろう。現実が小説を越したわけではないが、小説の下支えを現実が、後追いで行ったとでも言うべきか。シリーズが完結する頃には、同じくらいSFパワァな疑似重力も有りよりになってたりすんのかな。

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