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さよなら、サインポール

週2~3回程度 ジョギングをしている。
基本的に走るルートはいつも決まっていて、大きな通りを抜け、住宅街を走る。
私の住んでいるところは都会でもなく、田舎過ぎず、古い民家や個人商店もあるけれど、のっぽなマンションも真新しい住宅や有名なチェーン店も立ち並んでいる。

走っていた時に私はある美容室の張り紙に気づいた。
赤青白のサインポールが設置され、時代を感じさせるポスターが張られている。
昔ながらの美容室だ。
いや、もしかしたら理容店というのが正しいのかもしれない。
店内には新聞と古い漫画や週刊誌が置かれていそうな。
(あくまでイメージだけど)
私はこの店に入ったこともなければ、興味も示したこともなかった。
失礼な話ではあるけど、何度か通っていたはずなのに、存在すら気づいていなかった。

ではなぜ気になったのかというと、そのお店の前に張り紙がしてあったから。
張り紙には美容室を閉店したこと、60年間ありがとうございましたと書かれていた。
油性ペンで書かれた、角ばった文字。
簡潔な文章は一目ですぐ内容が読み取れる。

私はそのポスターをあとに走り続けた。
走りながら、60年という長い月日を考えてしまう。
60年ということは、親子二世代でやってきたのだろうか
もしくは店主が二十歳ぐらいから八十歳ぐらいまでやってきたのだろうか。
それまでの間、この店は(もしくは親子か継承者)はこの地域のいろんな姿を、人を見てきたのだろう。
周りのお店が閉店したり、お客さんが引越したり、去っていく物や人。
そんないろんな景色をみてきただろう。
もしかしたら、それを去っていっくことを羨ましいと思ったことがあるかもしれない。
それでも、そのお店は60年間ずっと同じ場所に居続け、髪を切り続けたのだ。
そんな60年という歳月に幕を閉じてしまったことが勿体ないような寂しい気持ちになってしまう。

でも、それは私のエゴなのだろう。
だって、私はその店に行ったこともなければ、行くこともないだろうと予測できる。
私が行くのは、洒落た店内でアロマが炊かれた空気、置いてるのは週刊誌ではなく美容系の雑誌。
自分と同世代か少し若い美容師さんが相手をしてくれる。
そんな今どきの美容室。

存在すら気付かなかった、気づいても行こうとしなかったであろう私が
閉店するときになって、寂しいなんて言うのはあまりに勝手だ。
でも、それでも、自分への戒めとしても、私はこの気持ちを忘れちゃいけないのだとも思う。

走っているときは無意識に周囲を見渡す。
変わり映えのない景色。
でも、人の生活音や匂い、空気を感じるとどこかホッとする。
その中に明かりの付いた美容室、その前をくるくるまわるサインポールも
気づかないうちに私を見守り、支えていてくれたのかもしれない。

私はその存在に気づかず、ただ走り去るだけだった。
当たり前にそこにあるもの、何の主張もなくそこにあって
役割を果たしてくれるわけでもない。
でも、その存在に私は救われているのかもしれない。
そのことに気づけよ。と思う。

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