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江戸をぶらつこう (江戸っ子)

( 江戸っ子 )

 「芝で生まれて神田で育つ」のが江戸っ子の本流であると思いきや、慶応大学の国文学教授であった池田弥三郎先生は、異論を唱えている。「神田で生まれて神田で育つ」が正しいとおっしゃる。理由は芝が漁村であったとのことです。
 芝に増上寺(十四世紀開基)があり、家康が帰依して以来、徳川家の厚い保護下にありました。
 家康の命日には将軍が参詣するようになり、家綱の頃には一級の商住地となっておりました。三代目の江戸市民であれば、芝・神が成り立つ訳であります。
 江戸前も江戸城前の汽水(海水と湖川水の混じった水)の鰻が旨いのでそのように言っておりました。後に、東京湾で獲れる魚介類を指すようになり、今では東京風という意味にも使われています。
 言葉は生き物ですから、本来持つ意味から、広がったり変わったりするようです。この流れは止めようもありません。例えば、飯店。中学程度の漢文の知識でも旅館・ホテルと理解できる筈。元々は後楽園大飯店です。戦前、ラーメン屋は高級な処で○○彩館、○○楼、大衆店で○○番、○○軒でした。麹町の金剛飯店はれっきとしたホテル(ダイヤモンドホテル)です。

 川柳に「江戸っ子は五月の鯉の吹き流し口先ばかりではらわたは無し」があります。他人ひとが「江戸っ子だねエ」と言う時、褒めているのと揶揄しているのと二通りがありますが、これを耳にした時、即座に頬を緩めるのが江戸っ子であるようです。
 ここで、「江戸っ子」というものを定義してみようと思います。
 
一、すぐおだてに乗ること。

二、思ったことがすぐ口にでる。
理非の判断は後回しで相手の気持ちを忖度そんたくできない。

三、気が早く、行動も敏捷である。
のろまは江戸っ子ではないと思っている。
蕎麦屋などへ入って注文取りに来られても、何にするか迷っている輩は野暮天と思ってしまう。

四、曖昧さが嫌いである。
白か黒でなければ気が済まない。灰色を知らない。
食い物で言えば「あそこの金鍔は甘いよ」は美味しいの同義語。
薬研掘の唐辛子は余所より辛いと聞けば態々わざわざ買いに行く。

五、見栄っ張りである。
食い物屋へ入って、並か上かを聞かれたらその気はなくとも上と答える。一尾一両もする初鰹を女房を質に置いても食う。(実際には無理である。腕の良い職人の一月の手間が一両に満たなかった)

六、洒落者である。
薄着を粋とし厚着を野暮とした。まだ袷(あわせ)の時期なのに、単衣(ひとえ)に変える。宵越しの銭は持たねエと威張るくらいであるから裕福である筈がない。これが、羽織の裏地などに凝るのである。そして頻繁に尻を捲ってみせるのである。

七、余所で通用しない美学をもっている。
蕎麦屋へ入ったら蕎麦しか注文しない。饂飩は不可。これの昂じたのが「もり」しか注文しない。「ざる」も不可である。これには解説が必要であると思うので、次回、もりとざるの違いを述べたい。
 

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