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盆 栽

 勲章は国や公共のために功労があった方を国として表彰するもの。
 太宰治の「ろまん灯籠」のなかにも、勲章のくだりがある。
 それをもらったら都内の一流ホテルでパーティーとやらを催すらしい。
 今から三十年ほど前で三百万円ほど掛ったらしい。いまの価値では一千万円ぐらいになるだろう。ご祝儀を差し引いてもお金がかかる。厄介なものである。
 植木職人K の父は生前よく言っていたそうだ。
「死んだ親父が大した職人だったので、国から勲章をもらったもんだから大変だった」 
 その昔、植木職人では日本で五本の指に入るほどのすごい人だったらしい。
 先日勲章を戴いた植木職人の孫にあたる K と話した折、そのようなことを言っていた。

 また、K が言うには、植栽の選定作業であるビルに行ったとき、若い衆が長靴に泥がついた状態で、その建物内を歩き回り、廊下が泥だらけになった。
 掃除もせずにそのまま帰ったので、後日大変怒られ、茶菓子を持参で詫びに行き、やっと許してもらったとのこと。
 K は落ち込んでしまったそうだ。その若い衆に怒る気にもなれず、自分が注意しないほうが悪いということらしい。
 K 曰く、「最近の若い衆は、怒るとすぐやめてしまう。仕事を教えるにしても大層気を遣う」らしい。

 話題を表題の盆栽に戻すが、私も昔、東京は上野の池之端にある日本盆栽協会の会員になった時期があった。
 一年に一回、西洋美術館で、国風盆栽展が開催される。何回か観にいった。
 宮内庁所有の見事な五葉松の盆栽、またある総理大臣経験者所有の楓の盆栽など、何億もする盆栽が平然と並んでいる。見事である。
 帰りにはその年の展示盆栽の写真集を買ってくる。その後、友人などに差し上げ、いまは一冊しか残っていない。

 盆栽本の最初には、盆栽は小宇宙である。など、盆栽の定義なるものを記している。素人目には、植木も盆栽も何ら変わらないのではと思ってしまうのだが、専門家から言わせると、大きな違いがあるとのこと。

 海岸の岩場に張り付き、潮風に耐えながら、一生懸命に生きている懸崖けんがい黒松などは、盆栽好きにはたまらなく魅力的なのだ。それを鉢の中で、表現するのだ。まさに芸術である。
 言葉はそぐわないが、木を苛め抜く、そこに魅力がにじみ出てくるという。
 そして、育てるには長い年月が掛る。

 ずぶの素人の私が、盆栽についてこのように書くこと自体が、盆栽愛好家や専門家にとっては、何も知らない おいぼれが、くだらないことをぬかすな とおっしゃるだろう。
 だが、盆栽は凄く魅力的で素直に素晴らしいと感じるからだ。


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