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【連載】負けない 第7話

 結婚して五年が過ぎた。
 男の子が生まれ、既に三年が経っていた。

 いつものように保育園には弘が子供の翔を送り届ける。一般家庭の代わり映えのない、慌ただしい朝の風景である。
 夫婦共稼ぎの日々の中で、必死に生きていた。

 悦子にとっては、物足りない夫ではあったし、不本意な結婚ではあったが、何とか我慢しながらの毎日だった。

 悦子は考えるのであった。

 納得した結婚なんてあるのかしらと。
 多少不安や不満があって、二人で切磋琢磨して生活する方が、多少張りのある生活が生まれるのではないかと。

 ある日の昼休み、職場で弁当を広げ食べ始めた時、食道から胃のあたりに違和感と同時に微かな痛みが走った。
 最近胃の調子が良くない。食欲もあまりない。
 仕事帰り翔を迎えに保育園に寄り、買い物をして自宅に帰った。
 子供を一人で遊ばせて、小一時間ほど横になった。起き上がり胃薬を飲む。多少は良くなった。
 最近はその繰り返しだ。

 弘に相談するが、
「あそう」とか、「疲れかな」とかなんとか返ってくるだけ。
 悦子は一人ボッチな気持ちで不安になる。もう少し私に寄り添ってよと思う。

 そんなある日、午前中休みを取り、家の近くのクリニックへ行った。
 薬をたくさんもらう。一週間ほどそれを飲んでいたが、一向に良くならない。これはおかしいと思い、もう一度そのクリニックに行った。

 先生は、胃の内視鏡を薦めたので、後日朝から内視鏡を飲んだ。

 胃の入り口から胃の中に腫瘍ができていた。生体検査に一週間ほどかかる。良性だったらいいのだが。悦子の心に不安が過ぎった。
(このまま逝ったらどうしよう、怖い.…)

 心が締め付けられるような気持ちになった。半面、何とかなるかもという気持ちもあった。
 しかしその腫瘍は、胃壁に五か所あり、その中で胃の入り口の腫瘍が大きかった。直径四センチほどの大きさだった。

 弘にそのことを伝える。弘はびっくりした表情で、初めて心配顔になった。

 一週間後クリニックに行く。弘は仕事で抜けられないとのことで、一緒についてきてくれない。
 翔を悦子の実家に預けた。

 すでに何人かの患者がいた。悦子が呼ばれた。そして先生から、悪性腫瘍と告げられた。
「新宿の大学病院へ紹介状を出しますから、それをもって、一時も早くその病院に行ってください。多分直ぐ入院手術です」
「先生、治る見込みはあるのでしょうか」
「スキルス性の胃がんは進行が速いが、たぶん胃の全摘になるでしょう。すでに、ここまできてしまった.…」
「先生! 私、駄目でしょうか」
「いや、望みを捨てちゃいけません。ただほかの部位への転移が心配です」
「治る確率は何パーセントですか?」
「医学は日進月歩です。お気持ちをしっかり持ってください」

 その言葉は、一層悦子の心に重いものを飲み込んだように響いた。
 負けてなるものか! と強く強く思った。

 弘は驚いた。
 泣きじゃくる悦子を優しく包み、大丈夫だからと優しい言葉をかけてくれた。
 悦子の生命力が落ちていたせいもあり、反発はできなかった。
 いつもだったら、(畜生、お前本当に一緒に悩んでくれているのかよ)と反発する悦子だったが、今回は違った。
 夜ベッドの中で二人は泣いた。

 二人の両親や兄の毅も驚き、心配してくれた。
 新宿の大学病院はいつも全国からの患者で混んでいたが、紹介状を持って行った悦子は、優先的に入院手続きが取られ、検査が一週間ほど続き、平成十八年十月二十日、手術日と決まったのである。

 胃全摘出手術だった。
 尾藤弘のお袋も、他の部位に転移していなければいいがと祈った。
 手術は無事に終わり胃が全て摘出された。
 三週間後に退院。暫く自宅で療養となった。
 食べ物には注意したが、最初なかなか食べられず苦心した。

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