老 犬
私の住む街に、個人経営の靴屋がある。
その店は、自宅から歩き、銭湯の先にある。
今から三年ほど前、その靴屋の主人が亡くなった。
その後暫く、店を閉めていたが、また再開し、営業している。
奥さんが、他の仕事もしながら、引き継いでいる。
私はよく生前の主人を見かけた。黒色の中型犬を連れて歩いていたのだ。
私はどちらかというと猫がいい。毎日の散歩無し。ただそれだけの理由である。
靴屋の主人が亡くなってから、その犬の散歩は、奥さんが引き受けたようだ。というより、そうせざるを得なかったのだろう。
月に何日かは、湘南にいる娘さんが実家のその靴屋にきている。そして犬の散歩の世話もしていた。
犬の名前を【ウル】という。既に老犬である。
最近は、耳が遠くなり、目が白内障に罹り、筋肉も衰え、歩く姿が痛々しい。それでも毎日、散歩していた。
ところがある日を境に、その老犬の散歩のすがたを見掛けなくなった。
先日、靴屋の前で、その店の奥さんに出会った。
「先日、亡くなりました」と、目を潤ませながら報告してくれた。
悲しい気持ちが自分の顔に現れることを嫌い、私は目をそらせた。
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