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東大で非常勤講師をしていた頃

【ピエロの手記87  断章75】    

ざっくりと言えば
東大生の彼らは 人を二つに分類している
東大を出ている人と、出ていない人と
そして出ている人の話ならば
向きあって聞こうとするのである

教室に行く前に事務にマイクを取りに行く
顔なじみの事務の方が
「先生、よろしくお願いしますよ。
 彼らは先輩には従順なんですから」

私の講義は必ず脱線する
その脱線の中にこそ
私の本当のメッセージがあるのだ

「いいか
 勉強ができたっていい
 でも勉強 しか できない奴はダメだな」
そこから始まる
それに君たちがこの大学に到達するためにやってきた勉強なんて
人間として必要な教養の1%にも満たないんだよ

世界の、餓死に近い飢餓人口の数を知っているかい
――31億人以上だよ
世界の、極限状況にある難民の数を知っているかい
ーーおよそ1億3千万だ
世界の、子どもの貧困率を知っているかい
子ども全体の6人に1人、3億6500万人が貧困状態さ
日本に話を移そう
日本の中小企業の割合を知っているかい
――我が国の企業数の99.7%が中小・零細企業だよ
  (大企業だけ賃上げしたってどうにもならないのさ)
日本の貧困率についてはどうかな
ーー年収127万円以下の人が15.4%
世界と日本の厳しい状況を見ていけばキリがない

児童文学者の灰谷健次郎は その作品『太陽の子』の中で
小学6年生のふうちゃんという女の子に
「知らねばならないことを知らずに済ませるような
 そんな卑怯な大人にはなりたくない」と言わせている

私に言わせれば
情報として知るだけでは意味がない
日本を、世界を
解決をせまられている課題の束として知らねばならない

なぜ東大の学生にそれを強く言うのか
国からの交付金の実態を見ればわかる
 東大の交付金は年間822億円である
 隣県の埼玉大学は  64億円である
 私立も見てみよう
 私学の雄早稲田大学 79億7千万円
 慶応大学は     77億3千万円である
東大の特別の優位性がわかるだろう

国からの交付金は国税、つまり所得税である
大学へ行かなかった人も、事情で行けなかった人も
乏しい年金生活者からも徴収する所得税である
東大生には莫大な税金が投じられているのである
豊かな設備、よそとは比べようもない恵まれた条件下で学ぶのである

自分は賢くてよく勉強した
だから東大を出て好条件で就職し
自分一個の幸福を追求して何が悪い
ーーそれが違うのだ
税金で学ばせてもらった
今度は社会に、日本に還元しようと考えるのが当然ではないか

そんな脱線はいつものことである
講義が終わるとあっというまに学生はいなくなる
ところが
終わったら数人が教壇の前にやってくる
何と話かけていいのか分からないと見えて
テレ笑いしながら「先生、今日暑いっすね!」とくる
・・・
「そうだな、冷たいものでも飲みに行くか」
正門に近い大好きなカフェへ誘う
‟ルオー” でセイロン・カレーとアイスコーヒーで話ははずむ
彼らに限らず
一度も出席を取ったことのない私の授業に出席者が減らないのは不思議である
 *     *     *     *     *
東大生に厳しい言葉をぶつけている
しかし
卒業生の中には、日本、世界のために身を投じ
献身的に活躍されている方々がきら星のごとく
無数におられることを付言しておかなくてはならない


  ‟悲しいピエロ”




  
  

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