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 これから生きてたって

【ピエロの手記50  断章38】

「今まで生きてきていいことなんてなかった
 だからこれから生きていたって
 〈どうせ〉いいことなんてあるはずがない」

このセリフは、防衛医大の病院のベッドで
その夜見舞いに行った私に彼女が言ったものである

「長いこといろいろお世話になりました」
まてよ、卒業の前じゃあるまいしなんだこの電話
「もうクスリ一瓶飲んじゃいました
 最後にお世話になった先生にだけ
 さようなら」

私の手元にあるのは彼女の携帯番号だけ
彼女が住んでいるのはたしか所沢

私は119に電話して所沢市の警察に中継してもらった
ドコモは警察の緊急の要請に対してのみ携帯所有者の住所を開示する
その住所に救急車を急いでもらった
所沢市に防衛医大があることも言い添えた

胃洗浄が効を奏し未遂で終わった。

彼女は大学進学の時演劇を志望していた
しかし両親はそれを認めず
教免をとるなら4大へ行っていいと頑固
彼女は教職課程を履修して3年
砂を嚙むような毎日に疲れ果てたのだ、と言う

「今まで生きてきていいことなんてなかった
 これから生きていたって〈どうせ〉いいことなんかあるはずがない」
さあ、そう結論づける前に
もう少し生きてみることにしてみましょうか

       ‟悲しいピエロ”


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