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北村早樹子のたのしい喫茶店 第2回「大森 珈琲亭ルアン」

文◎北村早樹子

珈琲亭ルアンの外観

 ストリップを観ることでしか埋められない心の穴があって、わたしは定期的にひとりでストリップ劇場に足を運ぶ。
平日の昼間から、ワンカップ片手にまわり盆に齧りつくじいさまたちに交じって、わたしは至って清潔な気持ちで背筋を伸ばしながら、踊り子さんを眺める。 
 たわわなおっぱい、控えめなおっぱい、明らかに異物が入っているおっぱい、ピンクの乳首、茶色の乳首、キュッと締まったウエスト、やわらかそうな下腹、おおきなおしり、ちいさなおしり、毛のないおまた、ふさふさのおまた。ライトに映えるそれらは、どんな身体もすべて眩しく美しく、わたしの心の穴をひとつひとつそっと塞いでいってくれる。
 踊り子さんはみんな、思い思いの音楽に乗って、最高に楽しそうに舞い、ときにはしっとり、ときにはダイナミックに、ときには着物で、ときにはドレスで、とびっきりのダンスを繰り広げてくれる。
 バレリーナ顔負けの本気のバレエが踊れる踊り子さんもいらっしゃるし、演劇を一本見たぐらいの気持ちにさせてくれるストーリー仕立てのショウをする踊り子さんもいる。エアリアルシルクで宙づりになって大開脚し、シルクドソレイユばりのパフォーマンスを見せてくれる踊り子さんもいるし、ここはブロードウェイかと勘違いするぐらいハイレベルな足さばきのダンスを見せてくれる踊り子さんもいる。十人十色だが、ひとつだけ決まっていることがある。
 最終的に、まわり盆(ステージの真ん中に突き出しているへその部分)の上で、服を脱いで見得を切る、所謂ベッドショーをするということだ。多くのじいさまたちは、それを見るために劇場に来ているのだろう。大陰唇や小陰唇が堂々と生で拝めるなんて、風俗以外ストリップでしかないのだから。女のわたしはそこまで大陰唇や小陰唇には興味がないので、ベッドショーのときはいつも踊り子さんの顔の表情や脚の美しさを見ている。
 浅草ロック座などの一部の演出家がいる劇場を除いて、だいたいのストリップ劇場で上演されている演目は、踊り子さんが自ら曲を選び、構成を考え、振付を考え、衣装を用意して、作り上げているそうだ。こんなにクリエイティブな職業あるだろうか。
 例えば演劇や映画ならば、演出家や監督がいて、脚本家がいて、役者がいてスタッフがいて大勢の人たちがそれぞれの仕事をして成り立っているし、ミュージシャンは音楽を作って演奏するだけだし、漫才師はネタを作って笑わせるだけだし、みんなその分野に特化したひとつを極めて披露すれば成り立つ職業である。
 でもストリップは踊り子さんが全部自分でやっている。最高のエンターテインメント(by松本人志)であり、最高の総合芸術なのに、それらを落とし込む場所が、結局は女性の裸である、というところに、わたしは悔しい気持ちもあるけれどだからこそ美しいんだなあ、なんて思ったりもして、わからないけれど、いつもストリップを観るといつの間にか落涙していて、劇場の片隅で洟をすすってハンカチをびしょびしょにすることになる。
 わたしが東京近郊でいちばん足を運ぶストリップ劇場は川崎ロック座で、川崎に行くときは京浜東北線に乗るのだが、いつも途中下車して寄る喫茶店がある。
 わざわざ途中下車までして行きたくなる喫茶店、それが大森の珈琲亭ルアン。ストリップはだいたい13時開演なので、10時くらいに家を出て、電車を乗り継いで11時くらいに大森に着き、胸を弾ませながら珈琲亭ルアンの扉を開く。
 

珈琲亭ルアンの店内

 ルアンの店内はとにかく美しい。床は深紅の薔薇模様の絨毯、テーブルはコーヒー豆が敷き詰められた味わい深いもの、壁は経年で黄色くあたたかみのある色になっていて、窓辺には木彫りの人形が飾ってある。純喫茶とはこうあるべき、の全てが詰まっているのがここ珈琲亭ルアン。そしてわたしはここの何を楽しみにしているって、それはモーニングだ。
 ルアンは飲み物プラス100円でモーニングセットをつけることが出来て、しかもこれを気前よく13時までやってくれている。軽いランチにもなるし、わたしはいつもストリップを見る前の腹ごしらえにいただいている。たったの100円だからって侮ってはいけない。とってもゴージャスなセットがやってくるのだ。

北村さんが「王様の朝食」と呼ぶルアンのモーニング

 何がゴージャスって、大きな銀のトレイ(持ち手つき)に乗ってやってくるのだ。わたしはこれを「王様の朝食」と呼んでいる。天蓋付きのベッドで王様が目覚めると、メイドがベッドサイドのテーブルに運んでくるのが、このルアンのモーニングセット(妄想)。銀のトレイに、こんがり焼けたトーストとバターといちごジャム。そしてゆで玉子はちゃんとエッグスタンドにお座りしていて、手前にコーヒー置き場がある。シンプルだけど、コーヒーカップを含め器がすべて美しいので、自然と気分は王様。トーストは、片方にバター、片方にいちごジャムを塗って。サラダもフルーツもなくていい、モーニングの究極は、コーヒー・トースト・ゆで玉子、この三つでいい。
ゴージャスなセットで王様気分になって優雅な朝食をいただいたら、いざ、川崎ロック座へ出発だ! みなさまも、ルアン→川崎ロック座というゴールデンコースをぜひ、真似しておくれやす。


今回のお店「珈琲亭ルアン」

■住所:東京都大田区大森北1―36―2
■電話:03―3761―6077
■営業時間:月~水・金・土7時から19時 日祝7時半から18時 
■定休日:木
 

こちらが今回紹介された、北村さんがこよなく愛する川崎ロック座です


撮影:じゅんじゅん

北村早樹子

1985年大阪府生まれ。
高校生の頃より歌をつくって歌いはじめ、2006年にファーストアルバム『聴心器』をリリース。
以降、『おもかげ』『明るみ』『ガール・ウォーズ』『わたしのライオン』の5枚のオリジナルアルバムと、2015年にはヒット曲なんて一曲もないくせに『グレイテスト・ヒッツ』なるベストアルバムを堂々とリリース。
白石晃士監督『殺人ワークショップ』や木村文洋監督『へばの』『息衝く』など映画の主題歌を作ったり、杉作J太郎監督の10年がかりの映画『チョコレートデリンジャー』の劇伴音楽をつとめたりもする。
また課外活動として、雑誌にエッセイや小説などを寄稿する執筆活動をしたり、劇団SWANNYや劇団サンプルのお芝居に役者として参加したりもする。
うっかり何かの間違いでフジテレビ系『アウト×デラックス』に出演したり、現在はキンチョー社のトイレの消臭剤クリーンフローのテレビCMにちょこっと出演したりしている。
2017年3月、超特殊装丁の小説『裸の村』(円盤/リクロ舎)を飯田華子さんと共著で刊行。
2019年11月公開の平山秀幸監督の映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(笑福亭鶴瓶主演)に出演。
2019年より、女優・タレントとしてはレトル http://letre.co.jp/ に所属。

■北村早樹子最新情報
◎北村さんが作曲を担当した舞台、唐組・第68回公演『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』が公演中




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