見出し画像

第7話 首ちょんぱ

 当時、私たちは某国に住んでいました。

 ダンナの祖国の基地の近くに住んでいたので、つきあう方々はおおむね、ダンナの祖国の方々でした。

 私のダンナは士官ではありませんでしたが、運悪く士官の奥様方と交流する機会に多く恵まれました。
 彼女たちのマウンティングはすさまじく、派閥争いも相まって、目の前でバチバチと火花が散るようなありさまでした。
 もちろん、士官の妻でもない私などは、虫けら程度の扱いにしかすぎませんでした。

 そんな中、一人だけ優しくしてくださる方がいらっしゃいました。

 彼女のご主人はその士官の中でも特に位の高い方でした。彼女はダンナの祖国の人ではなく、ヨーロッパの某王国の生まれで、実際、彼女も貴族の血を引いているとおっしゃっていました。

 ただし。

 ダンナの某国の方々は、得てしてことを大きくお話になる傾向があります。彼女の話を信じている方は一人もいらっしゃらないようでした。
 けれども私などは本気で信じていました。というのも、物腰も優雅で、そのおっとりとした感じが貴族を彷彿とさせるからでした。

 当時はまだ子供もおらず、ダンナは出張だと言っていつも家を空けていました。彼女は私をたいそう気の毒に思ってくださいました。
「じゃあこんど、うちに遊びにいらして」
 彼女は言いました。
「わたくしの家の裏庭は森につながっておりますの。早朝、朝もやの中に白い孔雀が姿が見せますのよ」
 まさに貴族の生活です。
「そして、わたくし、不思議な植物も育てておりますのよ。それはね、数年に一度、夜にたった一度だけ花を開きますの。とってもいい香りがしますのよ。そろそろ花が咲く時期だと思うの。一緒にご覧にならない?」

 おそらく月下美人のことを言っているのでしょう。

 話に聞いたことはあっても、一度も見たことはありませんでした。

 私は早速、彼女の家にお邪魔しました。ちょうどその日は、彼女のご主人も出張で留守にしていらっしゃいました。お二人にもお子さんはいらっしゃいませんでした。

 彼女の家は煉瓦でできた大きく美しいおうちでした。花で飾られ、庭にはハーブがたくさん植えられていました。おうちの中も、十八世紀ごろのルイ十五世スタイルのアンティーク家具(と彼女がおっしゃっていました)でそろえられていて、まさに貴族にふさわしいおうちでした。

 じゃがいもとひき肉の入ったたいそうおいしいパイを夕食にごちそうになり、日が暮れてからはふたりで裏庭の椅子に座りました。私たちの目の前で真っ白な月下美人が花開く様子はたいそう美しいものでした。

 そして翌日。

 彼女に起こされて裏庭を見ました。
 朝もやの中、確かに白い孔雀がその美しい羽を広げて裏庭を優雅に歩き回っていました。
 何と神秘的なのでしょう。
 私たちはうっとりとその様子を眺めました。
 彼女とお話をしながら朝食の準備をし、いただきました。ご主人が昼過ぎに帰られるというので私もお暇することにしました。
 わたしは貴族の生活を垣間見たような気がして、すっかり宮廷婦人の気分で丁寧にお礼を言って、ドアを開けました。

 絶句しました。

 この家のある通りにバリケードが張られ、外からも中からも人の出入りができないようになっていました。何台ものパトカーがライトを点滅させながら止まっていました。
 何事か、とその場に立ちつくしていると、警察官が近寄ってきました。
「あー、君。今、外には出られないから」
 その人は流ちょうな英語で言いました。
「え、でも私、家に帰らないと」
「ダメダメ! 今さっき、この辺を生首持った人が歩いてる、って通報があったんだ」

 え⁉︎ 生首⁉︎

 とっさには警察官のおっしゃっていることの意味が分かりませんでした。自分も大した英語力ではないくせに、思わず彼の英語力を疑ってしまうほどの驚きでした。

「まだ見つかってないから、その人の身柄を確保するまでは家にいて!」
 そのあともしばらくはものものしい空気が続きました。外では警官たちの動き回る様子や怒声、サイレンなどが響き渡りました。

 宮廷婦人の気分が一瞬にして殺伐な光景に変わった瞬間でした。

 ちなみに。

 後で聞いたところによると、彼女の住んでいる数ブロック先に、某国からの移民の家族が住んでいました。彼らの風習では、男性はいつも刃の鋭い特徴的なナイフを携帯していて、ケンカになると首を切り落とす、ということがふつうに行われているとのこと(ただし、伝え聞いた話なのでこの部分の真偽はわかりかねます)。

 その日、一家の主人が妻の妹と口論になり、かっとして首をはね、どうしていいかわからないので、その首を持ったまま外に出た、ということでした。

 どういうわけか、その後、彼女の家に招かれることはありませんでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?