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小説ですわよ第2部ですわよ3-3

※↑の続きです。

「さて、茶番が終わったところで……」
 綾子が切り出すと、岸田がノートPCを広げる。画面にはトラックが映っていた。荷台は全方位がひしゃげており、尖ったもので貫かれたように穴が開いている。綾子が鉄扇で画面を差す。
「このトラックはTTSのカードを輸送している途中、何者かの襲撃を受けてこのように無残な姿となった。カードは奪われ、非合法のオークションサイトで転売されているわ」
「カードゲームの転売が社会問題になっているのは知ってますけど、まさか武装勢力に襲われるほどとは……」
「他の転売問題とは違うね。明らかに異常だ」
 舞とイチコが画面をのぞき込むと、その間にマサヨが割って入ってくる。
「犯人の手掛かりは?」
「トラック運転手の話では、突然後方から何かにトラックを掴まれ、大きな揺れと金属音がしたあと、気づいたときには荷台が破壊され、カードが持ち去られていたそうよ。襲撃は昼間だけど、犯人の目撃情報は運転手を含めて誰からも得られなかった。」
「見ていない……というより、見えなかったんでしょうね」
 舞たちの後方から珊瑚が推察する。
「犯人は透明になる能力を有しているのかもしれません。そしてトラックを一瞬で破壊できる手段も」
 透明というワードから、舞は先日遭遇した機械蜘蛛を連想する。あの蜘蛛は突然、舞たちの目の前に姿を現れた。また、ピンキーセプターに傷をつけるだけの攻撃能力を有していた。そして全高4メートルほどの巨躯を誇りながら、目撃情報は一切ない。イチコも同じことを考えてようで目が合う。

「犯人は、例の機械蜘蛛なんじゃ……?」
「可能性は高いね」
 マサヨが両サイドにいる舞とイチコの肩に手を回してくる。
「蜘蛛はアヌス02の兵器。それが最低でも1機、この世界へすでに侵入して密かに活躍してる……ってことよね」
「だけど、なんでTTSを狙うんだろ」
「この世界での活動資金が欲しいんじゃない? 世界が違えば貨幣も当然異なるでしょ」
 マサヨはポケットから紙幣を取り出した。数字からして1万円札なのだろうが、そこに描かれている顔は福沢諭吉でもなかった。憎きその男に舞は声を上げる。
「か、神沼!?」
「こんなもの、こっちじゃ偽札でしょ?」
 マサヨは1万円札を破った。神沼02の顔が真っ二つになる。珊瑚が破れた右半分をマサヨから摘まみ上げ、しげしげと見つめる。
「でも、わざわざカードの転売で資金調達をするものでしょうか。私だったら銀行を襲って金塊を手に入れます。どうせバレないなら、そっちのほうが手っ取り早いですよね」
 珊瑚の口調が冷静なだけに、物騒さが際立つ。舞は彼女も事務所向きの性格だと思った。


「そうとも限らないわ」
 しばらく沈黙していた綾子が、PC画面を操作する。TTSの販売地域を示す地図や、株価、カードのレートなどの情報が複数窓で映し出された。
「TTSは百か国以上で販売されていて、プレイヤー人口は億単位といわれている。レアカードは桁外れの高値で取引され、ジャスティン・ビーバーのカードは日本円にして10兆円の値がついているわ」
「じゅっ……!?」
 信じられない額に、舞は息を呑んで言葉を引っこめてしまった。イチコも驚きに目を見開いている。珊瑚だけは冷静さを失わずに反論する。
「でも、それはごく一部のレアカードだけですよね。やっぱり金塊を狙ったほうが効率的ですよ」
「資金調達だけならね」
 珊瑚の意見は想定済みとばかりに、綾子はPCの操作を続ける。そして鉄扇を広げ、画面を覆った。
「日本限定で販売予定だったカードがあるのよ。だけど能力が強すぎるとしてサンプルが1枚刷られるのみで終わってしまった」
 鉄扇が小気味よい音を立てて閉じられる。PC画面に映し出されていたのは――
「幻の超レアカード『田代まさし&ぬーぼー』よ」
 カードには、どこかで見たことのある芸人と、黄色いゆるキャラが確かに並んでいる。
「トラック襲撃の犯人が機械蜘蛛だと仮定すれば、少しは連中の狙いが見えてきたんじゃないかしら」
 ここでようやく珊瑚の冷静さが乱れ、早口になる。
「特異点といわれる田代のカードを手に入れることが相手の狙いということですか!?」
「ええ、仮説だけれど」

 ――綾子は、カード自体に特別な力が宿っていると推測していた。それは『魔術的なつながり』が理由だという。
 古来より、本人の肉体の一部や身に着けていたものは、どれだけ物理的な距離があろうと強い魔力で結ばれていると考えられてきた。へその緒や陰毛をお守りにしたり、藁人形に釘を刺して呪ったりするのが一例だ。
 名前にも同様の魔術的なつながりが生まれる。名はそれが示す存在の根源であり、悪意ある魔力で名が奪われたり書き換えられたりすれば、その存在の運命が大きく歪んでしまう。さらに、名が似た者同士は魔力で結ばれるとされ、一方へ魔術的に干渉すれば、もう一方にも影響があるという。神沼02がマサヨを召喚したのも、そういった理由からだろう。
 また、物体は人間の思念を魔力として宿すことがある。レアカードのように多くの者が欲望を抱く物体は、魔力も強大になる。世界に1枚しかない『田代まさし&ぬーぼー』となれば相当なものだろう。

「つまり敵は資金を調達しながら『田代まさし&ぬーぼー』を手に入れ、特異点へ干渉しようとしている……というのが私の考えよ」
「だとしたら、すぐに『田代まさし&ぬーぼー』を確保しなきゃ!」
「ええ、それこそが今日の仕事。場所は把握済みよ。例のkenshiがどこかの公園のゴミ箱でカードを拾ったのを、Twitterで自慢していたわ。知り合いのカードショップ店員に本物か調べてもらうそうよ。今日、これからね」
「よりによって、あいつが!?」
「もらった仮面とボロマント、ついでに返してあげようかしら」
 綾子はPC画面に、kenshiのTwitterアカウントを表示する。飲食店や各種施設への罵詈雑言が並ぶ中、画像付きでカードの自慢ツイートがあった。つぶやきは5分前となっている。
「kenshiの位置情報は、あとで共有するわ。A班はピンキーセプター、B班はMM号で出動。kenshiの身柄を保護し、『田代まさし&ぬーぼー』を確保して」
 舞たちは立ち上がり、声を揃える。
「了解!」
(と言ったはいいけど、MM号って……!)
 各々が散開して素早く準備を進める中、舞は綾子を呼び止める。
「社長。MM号ってなんかの冗談ですか?」
「実際に見ればわかるわ。シルバーが持ってきてるから。使い勝手はピンキーセプターと同じよ」
「いや、そういうことじゃなくって……」
 マサヨが準備を済ませ、舞に加わってくる。
「MM号ってマジックミラー号のことですよね。AVの」
「なに言ってるの。舞とマサヨでMM号よ。いい名前でしょう?」
 綾子が自慢げに微笑む。本家を知らないらしい。
 舞とマサヨはゲンナリした顔で見合った。
「似た名前に魔力が宿るっていう話でしたよね……」
「変なことならなきゃいいけど……」
「ま、まあ、そうならないよう頑張りましょう」
「そうね、よろしく」
 舞はマサヨと力なく握手を交わす。しばらく同じ苦労を背負う者同士、やはり仲良くしようとMM号のおかげで決意を新たにできた。

 つづく。