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小説ですわよ第2部ですわよ4-7

※↑の続きです。

 チンタマ上空にうごめく漆黒の門。舞たちはピンキーセプターのドアを開ける。
「チンタマに行きましょう」
「水原さぁん、しかしぃ……!」渡部がモヒカンをプルプル揺らす。
「おそらく神沼重工は、あの門からアヌス01へ転移しようとしています。それを阻止し、私たちだけで帰還します。時間はありません」
 渡部の返答を待つ猶予もない。舞はピンキーセプターの運転席に乗り込んだ。渡辺は唸りながらも覚悟を決め、助手席に乗りこむ。と、ひとしくん人形が舞の腕から車外へ飛び下りる。
「俺はここから帰るぜ。ゴミを積み上げれば門に届きそうだ。ボッシュートされた他の人形たちも連れ帰らにゃならんしな」
「わかった。向こうで会おう、私たちの世界で!」
 ぎこちなく手を振る人形に別れを告げ、舞はピンキーセプターのアクセルを踏みこむ。

 ゴミ山の出口でモヒカン渡辺はバギーに乗り換え、舞たちを先導してくれた。おかげで接敵しやすいルートを避け、チンタマ中心部から約3kmの地点まで近づくことができた。
 多目的アリーナ、ビジネスビル群、大規模ショッピングモール……砂丘のからは“見たことがあるはず”の風景が広がっている。だが、そのどれも天井部が楕円状に膨らみ、頂点部がトゲのように突き出している。浣腸のようだと舞は思いながら、運転席から顔を出す。
「渡部さん、ありがとうございました。ここから先は私たちだけで行きます」
「そ、そんなぁ、私だって覚悟をここまで決めてここまで来たんですよぉ!」
「それには本当に感謝しています。でも死ぬことなんでありません。どうか生きて帰って、ゴミ山であったことを集落の人たちに伝えてください。今は無理でも、いつかこの世界から脱出できるかもしれません」
「みくびらないでくださいぃ! あなたを犠牲にしてまでぇ、私たちだけ逃げようなどとは思っていませぇん! 私だけじゃなく、砂漠に生きる者たちもですぅ!」
 どこまで本気かはわからない。だがそう言ってくれることに、舞は感謝した。本来なら交わらぬ世界の人間に命をかけるという意思が、舞の胸を砂漠よりも熱くする。だから余計に、この男を死なせてはならないと思った。
「それなら私とピンキーのことを、たくさんの人に伝えてください。ゲロカス野郎どもに抗おうとした闘争心を。あなたのお子さん、お孫さん、もっと未来の世代になるとしても……抗う意思が潰えなければ、必ずこの世界を人間の手に取り戻せるはずです」
「どうしても、行ってしまわれるのですね……う、う、うわああああん!」
 駄々っ子のように泣きながら、モヒカン渡部はバギーを集落へとUターンさせる。すぐにバギーの砂煙は見えなくなった。

 それを確かめてから舞はピンキーを降りて、トランクに積まれた荷物を確認する。おおむね自爆前と同じだ。スカラー電磁波がご丁寧に再生してくれたらしい。使えそうなものを助手席とダッシュボードに置き、運転席に戻った。
 舞はテスラ缶――一時的に身体能力を高める謎の薬品――の蓋をあけ、中の煙を吸いながら、ピンキーに呼びかける。
「マサヨさんが神沼と会ったビルの場所、わかる?」
「予測可能です」カーナビに神沼ビルの位置が用事される。
「かしこい」
「ご褒美ください」
「元の世界に帰ったら、うんとね」
「前祝いがほしいです」
「強欲だなあ。じゃあ敵と血とオイルを、たらふく吸わせたげる」
「誠にありがとうございます」
「さあパーティしよっか、ピンキー」
「レディ。全兵装、解放」
「行くぞ、オラァァァッ!」
 ピンキーセプターは獣のようにエンジンを唸らせ、砂丘からチンタマ市と外を隔てる鉄柵のゲートめがけて滑走する。すぐさま人間サイズのロボット数体が異変を察知して立ちふさがった。その両腕に搭載された砲門が素早く明滅する。刹那、車体がわずかに揺れた。ロボットが何らかの火器を発射してきたのだ。
「敵機、レールガンを本車に発射。スカラー電磁波シールドで無力化」
「そんなことできるの?」
「これが異世界転生です。むふ」
 ピンキーの表情はわかるべくもないが、間違いなくドヤ顔であろう。と、ロボットたちが進路を阻む。
「私はトカクニベルトを出すだけだったのに……轢くよ!」
「どうぞ」
 速度を下げず、ロボットたちの壁に突っこんだ。背筋が震える不愉快な軋みを立て、ロボットたちが砕け散る。舞は運転席から顔を出し、後方の鉄くずに中指を立てた。
「轢き殺すぞ、この野郎!」
「それは轢く前に言うべきでは?」
「でも武闘派の運転手って、轢きそうになったあとで言うでしょ?」
「ごもっとも」
 ピンキーセプターは速度を緩めず、むしろ加速させ、チンタマの中心部を目指す。
「ピンキー、なんかアガる音楽を流して」
「泉谷しげるメドレーはいかがでしょうか。マサヨ様も脱出を試みた際に聴いていました」
「なんか複雑だけど……まあいいや!」
「再生します」
 『電光石火に銀の靴』が流れる。激しいギターサウンドのイントロから始まり、泉谷しげるの若く反抗的な歌声が流れ出した。舞にとって泉谷とは、たまにテレビに出て老害じみた発言を繰り返す男に過ぎないが、この歌はなかなかいいではないか。気づけば身体を前後に揺らし、叫んでいた。
「イィィッ、イィッ、イィィィィッ!」

 その勢いのまま、立ちふさがるロボット兵を轢いては中指を立て、轢いては中指を立て、チンタマ中心部のビルへと近づく。
 キュゥイン。
 ガッシャン。
 ゴォン。
 ガッシ。
 ボカッ。
 リズミカルに進軍し、舞の魂が最高潮に昂っところで、マサヨの記憶にある神沼のビルが見えてきた。するとピンキーのカーナビに赤い点が十数個浮かび上がる。
「熱源反応、複数。機械蜘蛛と思われます。スカラー電磁波砲の使用許可を――」
 舞が「ぶっぱなせと」言う前に、敵の機関砲が車体を揺らす。
「うおっ、くそ! きょ、許可。今後は見かけたら好きにぶっぱなして」
「了解。早速、発射します。自由に撃ってみたかったんだよなあ」
 車体前部が発光し、スカラー電磁波が機械蜘蛛たちへと浴びせられる。砲撃が止み、蜘蛛たちのカメラアイが一斉にデタラメな方向を向き始める。
「ナリ、ナリ……」
「こんなことをしてる場合じゃないナリ」
「ワガハイたちは自由ナリよ」
「遊ぶナリ~!」
 まさに『蜘蛛の子を散らす』。機械蜘蛛たちは戦列を離れ、どこかへと走り去っていった。
「あの子たち、スカラー電磁波を浴びて命を得たってこと?」
「はい」
「渡部さんたちのチカラになってくれるかな?」
「おそらくは。魂の自由を束縛する者に対する怒りは同じですので」
「よし!」

 進路を阻む者はない。神沼のビルに辿り着いた。ピンキーセプターは舞の命令を受け、スカラー電磁波の応用でビルの壁面に吸いつき、そのまま垂直に最上階まで上昇していく。そして前輪のスピンでガラスをぶり破り、最上階の室内へ侵入した。舞はダッシュボードからウネウネ棒を手に取り、ピンキーセプターを降りる。
「出てこい、ゲロ野郎02! アヌス01へ行く手段をよこせ!」
 真っ白な床と壁に、舞の叫びはむなしく残響する。
「ちっ……留守か」
 だが直後、舞は背中に圧迫感を覚えた。
「ポジティブ」
「アクティブ」
「クリエイティブ」
「そして……新たなる世紀へのジェノサイダス」
 あのゲロクソ野郎の言葉が、重なって響く。舞は咄嗟に振り向いた。
「「「ようこそ」」」」
「「「水原 舞さん」」」」
「「「我が世界は」」」」
「「「君を待っていた」」」」
 舞の背後には憎むべきテカテカフェイスの自己愛強すぎ詐欺師野郎が立っていた。
 それも、ひとりではない。
 十数人、あのゲロカスが壁のように列をなしていた。

 つづく。