見出し画像

小説ですわよ第2部ですわよ5-5

※↑の続きです。

 一段、また一段と降りて近づくたび、舞は黄色い構造物の正体を確信していく。そして階段を降りきり、通路を辿って構造物の正面――これに顔があると舞はすでにわかっていた――へ回りこむ。
 豊満な黄色いボディ。点と曲線だけで構成された簡素な目と口。申し訳程度にちょこんと伸びた手足。かつて田代まさしがCMに出演し、現在は製造が中止されたお菓子。その名を冠するマスコットキャラクター。
 即ち、ぬーぼー。そう、巨大ぬーぼーが舞たちを見下ろし立っていたのだ。案の定、イチコが鼻息荒く目を輝かせる。
「ふおおおっ! ぬーぼーだぁぁぁっ!」
「なにがどうなって……」
「きっと姐さんが税金対策かなんかで作ったんだよ」

 いったいなぜ地下に? なんのために? マサヨと関係あるのか? 疑問が頭の中でぶつかり合うが、論じている時間はない。スマホのチャットアプリを経由して、先行者内部の映像が更なる緊急事態を伝えていた。
 軍団はピンキーとMMに乗りこみ、外へ脱出したようだが、再起動した先行者に地面へはたき落とされていた。そして先行者は2台を踏みつけながら、レーザーの連射を浴びせている。
 上空では綾子の努力もむなしく、門が拡大を続けていた。さらにその影響か、空一面にアヌス02のチンタマの景色がぼんやりと、逆さまに広がっている。蜃気楼が空に投影されたようであった。何が起こっているのかはわからないが、このまま放置しておいていいとは考えにくい。
「みんな、もう少しだけ耐えて!」
 舞は声を振り絞り、スマホの画面に祈った。
「このぬーぼーを使って外に出よう」
 イチコがぬーぼーを見据えたまま言う。
「近くに操作盤とかないですかね」
 珊瑚が周囲を見渡す。しかし巨大ぬーぼーにアクセスできそうなものは見当たらない。こうしているあいだにも、スマホ画面から現場で戦っている者たちの悲惨なうめき越えが聞こえてきて、舞たちの心をはやらせる。

 そのときであった。
「え?」
 黒点で構成された巨大ぬーぼーの目がぎょろりと動き、舞たちに向けられる。同時に周囲の風景が、一瞬にして灰色に塗り替わった。色が残っているのは舞たちと、巨大ぬーぼーだけだ。
「来てしまったか、特異点たちよ」
 幼い女の子のような舌ったらずの声が、どこからともなく響き渡る。
「こ、このぬーぼー、喋るの!? それに特異点って……イチコさんのことを知ってる?」
「こんな大きな知り合いはいないけどなあ。イエローのお母さんは結構大きかったけど」
 神妙にとぼけるイチコに、幼い声がさらに語り掛けてくる。
「我々はスカラー電磁波の意思。この黄色く巨大な魔術の“器”を通じ、汝らへ語りかけている」
「スカラー電磁波の意思ぃ!?」
 舞はピンキーから、スカラー電磁波に意思のようなものがあると聞いていた。その意思は機械に干渉でき、ピンキーを異世界転生させたことも。それが今度は人間に接触してきたということか。
「今ふたつの世界が交わり、滅ばんとしている。止められるのは汝らだけだ。我々も力を貸そう。本来ならば汝らとの出会いは、遥か未来のはずであったが……」
 ぬーぼーが難しい話を続けようとしたので、舞は無礼を承知で遮った。
「御託はあとで聞くんで、助けるならさっさしてください!」
「ちょっ、水原先輩!」
「むう……すまぬ。ではこの税金対策のために作られし器に乗りこむがよい」
「ハハッ、やっぱり税金対策か! で、どうやって乗るの?」
 答えの代わりに、巨大ぬーぼーが身を屈めて口を開ける。中に車の運転席そっくりな空間が見えた。
 イチコを先頭に、珊瑚が続き、中へ乗りこんでいく。
「あのう、私も乗っていっていいですか? 顔がいいだけが取り柄なので、お役には立てないかもすけど」
「自慢はいいから、さっさと乗って!」
 舞は強引にネイビーを引っ張り、イチコたちのあとへ続く。全員を乗せ終え、ぬーぼーの口が閉じた。

 中はピンキーやMMの運転席そのものだ。フロントガラスを模したモニターに地下内の映像が映し出される。灰色に変わったままだった。イチコが運転席でハンドルを握る。
「運転はどうやればいい?」
「その前に、特異点よ。汝に問いたい」
「ん? なに~?」
「あーもう、そんなのいいから早く!」舞が再び急かす。
「安心しろ、桃色娘。この世界の時間は静止させてある」
「風俗店みたいな呼び方やめて。時間が止まってるならいいや、続けて」
 スカラー電磁波は調子を狂わされ、オホンと咳きこんでから話を再開する。
「……汝らとは、遥か未来で出会うはずだった。我々のチカラを使うには、今の人類は幼すぎる」
「それでも世界と仲間を救うためには必要なんだ」
「掟に逆らうとしてもか?」
「それでも必要だ」
「この先に待つ運命が、いかなるものだとしても?」
「それでも」
 イチコは静かに、だが力強く、わずかでも言い淀むことなく、凛と答えた。ヤキソバンのコスプレをしていなければ最高に恰好よかった。
 運命……舞は宝屋にイチコが殺されたことを思い出した。なぜか別れの予感に駆られたのだ。しかし世界のためにも、仲間のためにも、止まることはできない。不安をひとり飲みこむことにした。
「承知した。では参ろう。運転は心に念じるでも、言霊にするでもいい。汝らの心に、我が応える」
「自動運転ってこと? それじゃあ……」
 イチコは深く息を吸いこみ、吐き出しながらクラクションのボタンを押す。
「ぬーぼー、発進!」
 ピンキーたちと同じクラクションが鳴り、地下の景色に色が戻る。それを感知した瞬間、舞たちは浮遊感に襲われた。気づくとモニターが空を映しており、画面下端には綾子の屋敷が見える。
「我らは時間と空間の外に在る。ゆえに――」

 今度は引っ張られるような重力を感じる。そして一瞬にして、モニターの映像はちんたま市――先行者の全身に切り替わった。
 誰よりも早く、舞が叫ぶ。
「必殺、のど輪!」
「承知」
 ぬーぼーが弾かれたように前方へ踏みこみ、ピンキーたちを潰さんとしている先行者の喉元を掴み(短いが5本の指がある)、地面へ叩きつけた。爆発のように粉塵が舞い上がり、地響きを伴って先行者が何度もバウンドする。
 と、ぬーぼー内のカーナビが自動で起動し、ピンキーからの通信を受け取る。
「私たちと同じ周波数……それに今の技……巨大ぬーぼーに乗っているのは、水原様ですか!?」
「イチコさんと七宝さんもね。みんなを助けにきたよ!」
「あ、顔がいいだけの私もいます」
「ネイビー、どこ行ってやがったんだ、ブチ殺すぞ!」
 この様子だと軍団も無事のようだ。続けて、苦悶の表情を浮かべる綾子がカーナビに現れる。
「貴方たち……来てしまったのね」
「姐さんの前フリ、露骨すぎ」
「な、なによ、それ」
「文句は世界を救ったあとで聞くよ」
 イチコがキザにウインクしてみせた。綾子は少し緊張が解けのか微笑んでみせる。
「とりあえず、そっちは任せたわ」
 仰向けになった先行者が、足先から頭までをミミズのように波打たせ、勢いをつけて立ち上がる。ダンスでいうところのライズアップという技だ。
「特異点たちよ、次撃は如何に?」
「あ、じゃあ!」珊瑚が手を挙げてから叫ぶ。
「長渕キックでお願いします!」
「承知した」
 ぬーぼーが短い足でローキックを繰り出す。当たるか心配だったが、蹴る瞬間だけゴムのように伸びて見事命中。先行者は足を払われ、横方向に回転しながら転ぶ。ぬーぼーも蹴った勢いで一回転し、たたらを踏む。
「ハハーッ。やるねぇ、ぬーぼー。よろけてこそ長渕キックだもんなあ!」
「……だろう? いや、それより攻撃だ、先行者はまだ動ける」
 今度はイチコが技をリクエストする。
「野坂昭如が大島渚に食らわせたパンチ!」
「承知」
「大島渚が戦メリで助監督に八つ当たりするときにメガホンで頭叩くやつ! ビートたけしが世界丸見えで所ジョージをピコピコハンマーで叩くギャグの元ネタ!」
 超早口で便乗したのは舞だ。
「長いな……承知」
 ネイビーもちゃっかり加わる。
「あ、私は……島田紳助が東京03を恫喝したときの胸倉つかみから、猪木のビンタで」
「王道だな。承知」
 パンチ、頭頂部への手刀(メガホンはないので)、胸の装甲を掴み上げてからのビンタが流れるように繰り出される。芸能界暴力コンビネーションに先行者はたまらず大の字になって倒れた。

「やったか!?」
「イチコさん、それ倒せてないやつ!」
 先行者は倒れたまま股間の砲門からレーザーを放ち、ぬーぼーに尻もちをつかせた。
 ぬーぼー内部は衝撃こそないがダメージは確かに受けたようで、各種計器やカーナビの電飾が明滅を繰り返し、スパークを上げる。
「ぬーぼー、立って立って!」
「わかってはいるが……ぐぬぬっ!」
 舞が急かすが、ぬーぼーの丸っこい体型では重心が定まらず、なかなか立ち上がることができない。
 その隙に先行者がライズ・アップで体制を戻してしまった。暴力コンボのダメージで足を引きずりながらも、こちらを仕留めるべく、にじり寄ってくる。
 舞は先行者から滲み出る激しい怒りと執念を感じ取った。それを実証するかのように、カーナビ画面にマサヨと愛助が割りこんでくる。
「ぬーぼーまで持ち出して……どいつもこいつも!」
「ワガハイたちの崇高なる計画を邪魔するなナリ!」
 イチコがカーナビのモニターを掴んで揺らし、必死に叫ぶ。
「マーシー、愛助、もうやめてよ! こんなことして誰が喜ぶんだ!」
「神沼様がお喜びになる」
「神沼02は死んでるんだろう!?」
「だがその遺志は生き続けている。ふたつの世界は統合され、笑顔だけが溢れ、幸福が世を満たすことでしょう」
 先行者が両腕を伸ばし、ぬーぼーの首元(首はないが、大体その位置だ)を締め上げる。
「止められる者はもういない。あとは……イチコ! 特異点のあんたを手に入れさえすれば、計画は完遂される!」
「イチコ! 投降して、ワガハイたちのもとへ来るナリ! そうすれば仲間たちには手を出さないナリよ」
「……仲間は守る」
「それなら、今すぐ――」
「マサヨ、愛助、キミたちも仲間だ。救ってみせる。そっちこそ戦いをやめて、事務所へ戻ってくるんだ。いつもの蕎麦屋で新年会やろう。姐さんのおごりだから、バカみたいに飲み食いしても大丈夫! コロッケそばもあるよ!」
「……!」
 愛助の顔文字が真顔から「( ;∀;)」に変わる。マサヨの血のような赤い瞳には、煌々とした輝きが宿った。
 煌きの正体は、涙であった。

つづく。