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小説ですわよ第2部ですわよ2-7

※↑の続きです。

 Jリーグカレーを食べたあと、解散となった。ゴールドが街の監視カメラをハックしてマサヨの追跡と、田代まさしの監視を行ってくれるらしい。他の軍団も侍ジャパンとの強化試合を終えたあと、合流するよう連絡してくれるそうだ。特に何も起こらなければ、日曜は休みとなる。
「失礼します。おつかれさまでした」
「おつかれさま~。また月曜にね」
 舞の挨拶に、イチコは背を向けたまま返した。事務的に、さりとて冷たくもなく。なにやらカードをテーブルに並べているようだが、舞はなにも聞かないまま事務所を出る。

 裏筋駅へ向かって歩き出すと、すぐに珊瑚が自転車を押して追いついてきた。そのまま、ふたりで裏筋駅まで歩く。珊瑚の家は駅の反対側から、自転車で15分ほどの場所にある。仕事終わりが被ったとき、ふたりはこうして歩きながら雑談していた。
「今日クリスマスイブですよね。先輩はご予定あるんですか?」
「家族と料理を作るよ。毎年ね」
「うちもです。クソオヤジが家にいる年は例外ですけど」
「じゃあ、これから毎年祝えるね」
「はい! 今年は弟がノコノコ帰ってきたんで、たくさん作らなくちゃ。大変なときには逃げたくせに、ひどいヤツですよ」
 言いつつ、恨みはないようで苦笑いした。なんだかんだで大切な家族ということだろう。一方、舞の妹は彼氏とデートだそうだ。薄情なヤツだと腹が立っていたが、大学の遊びたい盛りならば仕方ない。珊瑚の話を聞いて、そう思えた。
「こうしてクリスマスを穏やかに過ごせるのも、先輩たちのおかげです」
「いやいや、そんな」
「だからというか……こんなこと言うと、怒られるかもしれませんけど……」
「んん?」
「私は水原先輩とイチコ先輩、両方の味方です」
 イチコと微妙な空気になったのを気にしてくれているのだろうか。
「ありがとう。でも大丈夫。イチコさんとは喧嘩したわけじゃないから」
「あ、おふたりのことは心配ないと思ってます。それよりマーシーさん? マサヨさん? あの人のことが……」
「あ~……」
 舞は膿になりかけた感情を愚痴にして吐き出そうと思ったが、止まらなくなりそうなのでやめた。平静を努めて会話を続ける。
「そっちか。まだ気は抜けないよね」
「それに、なんか独特の圧迫感があるんです」
「圧迫感?」
「同じ空間にいると押し出されそうというか、弾き出されそうというか」
 珊瑚は読書好きが影響しているのか、感受性の強い面がある。人間関係については特にそうだった。
「根拠なんてないんですけど、居場所を奪われそうな気がしたんです」
「居場所、かあ……」
「でも悪い人とは思えないんですよねぇ」
 舞も珊瑚に同意見だった。気が強く、高スペック。そんな人間は大の苦手だ。しかしそれは相手と比較して惨めになるからであって、相手が悪いわけではない。
 実際、舞はマサヨを警戒こそすれど嫌いではない。むしろ尊敬すらしている。もし彼女と共有した記憶が本物ならば、ひとりでアヌス02の神沼に抗い巨大蜘蛛相手に大暴れして脱出した傑物だ。だから、あの記憶が本物であってほしいと願っていた。
「マサヨさんと上手くやれるのが一番いいよね」
「ですね!」

 裏筋駅近くのガード下に着き、珊瑚が自転車に跨る。
「今週もお疲れさまでした」
「お疲れさま」
 珊瑚は会釈をしてから自転車を走らせようとペダルを踏みこみ、そして急に止まった。
「水原先輩!」
「なに~?」
「なにかあったら戦いましょう。マサヨさんと喧嘩するとか、誰かを傷つけるとかじゃなくて、自分の居場所を守るために。私もお手伝いします!」
 珊瑚が握りこぶしに力をこめる。舞は恥ずかしかったので、胸元で控えめにグーを作った。珊瑚は頷き、爽やかに自転車を走らせていく。
(自分の居場所を守るために戦う……そうだよね)
 これからもイチコの相棒として、返送者たちと戦いたい。かつての相棒であるマサヨが帰ってきたからといって、蔑ろにされるのはイヤだ。主張をしよう。当たり前だけど、ほんの少し勇気がいる主張を。昔のように流されるまま隅に追いやられる自分ではないのだから。
 珊瑚の背中を見送り、舞は駅へと再び歩き出す。クリスマスのギラギラした電飾が、やけに頼もしく思えた。

 舞は最寄りのスーパーで白ワインとショートケーキを買ってから帰宅し、母と料理に勤しんだ。ミニトマトのカプレーゼ、ミートローフ、ローストチキン、ラザニア。ふたりで食べるには、やや重いが、残ったら明日食べればいい。それでも残った分は、妹がたいらげるだろう。あいつは男も肉もガツガツいく。
 そしてワインで乾杯し、ささやかなパーティーが始まった。とはいえ会話の内容は普段と変わらない。今日の仕事はどうだったとか、あのタレントは好きとか嫌いとか。
 そんな中で、珊瑚の母親についての話題になった。奇しくも、舞の母と同じクリーニング店で働いているそうだ。
「七宝さんの娘さんと、同じところでバイトしてるんでしょ?」
「そうそう、珊瑚ちゃん。すごい偶然だよね」
 ピンピンカートン探偵社は表向き存在せず、限られた人間しか認識できないため、舞と珊瑚は清掃業者で働いていることになっている。
「七宝さん、最近元気になって、娘さんも大変だったけど学校に通えるようになったんだってね。よかったわ」
「うん、本当に」
 舞も母も、ワインを飲む手が進む。七宝家の一件を解決したのは舞たちだ。目の前で嬉しそうに話している母も、舞たちが神沼の洗脳から救出した。自分はこの小さな幸せを確かに守り抜いたのだ。それを誇ろうと、舞は改めて思った。
 残った料理を片付け、ショートケーキを一切れずつ食べ、ワインを半分ほど開けるまでダラダラと喋って、パーティーはおひらきとなった。

 翌朝。冷蔵庫を開けると、料理がきれいさっぱりなくなっていた。妹がいつのまにか帰ってきたらしい。朝食の分を残しておいてほしかったが、寛大な心で許すことにした。
 舞の腹の虫が鳴いていたが、朝食を作るのは面倒だし、寒いからコンビニへ行くのもダルい。もうひと眠りつこうかと自室のベッドに転がったところで、社内専用のチャットがきた。綾子からだ。

つづく。