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小説ですわよ第2部ですわよ3-2

※↑の続きです。

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清水沢あすか氏は、珍玉県皮剥市出身の53歳。
反社会勢力 広東包茎連合の構成員として薬物の密輸・密売に関与したのち、今回の市長選挙に立候補しました。

選挙戦で清水沢氏は、ちんたま市を大麻特区にすると掲げ、前知事を脅して全面的な支援を受けました。

その結果、支援を受けた前立腺珍手ぜんりつせんちんしゅ党、非生産党などの支持層を固め、無党派層という名のチンピラたちからも支持を集めて初当選を果たしました。

同氏は「市民に多幸感を与えるため、まずは医療用という名目で大麻生産工場を増やしていきたい」と抱負を述べました。

投票率は93.14%と、史上類を見ない驚異的な数字となりました。ちんたま市民の政治意識の高さ、モラルと知性の圧倒的な欠如に注目が集まっています。
(国営放送MHK《マゾ・エッチ・カイカン》の選挙情報サイトより)
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 12月26日 月曜日。舞の足取りは軽く、それでいてチカラが入っていた。今まで以上にしっかりと仕事こなし、事務所内での立場を確立させたい。できることなら、マサヨとも上手くやっていきたい。そんな気合をみなぎらせ、揚々と腕を振る。ピンクジャージが擦れる音もリズミカルであった。

 定刻より15分ほど早く、事務所の前に到着する。イチコと綾子、他何名かの声が漏れ聞こえてくる。
(明るくハキハキと、浮かない程度に元気な挨拶をしよう! それからイチコさんに土曜のことを謝り、気分を一新して仕事に臨もう!)
 そう心に決め、2階へ続く外階段に足を掛けたときだった。
「しまった、ぐああああああああっ!!」
 イチコのハスキーな叫び声が、舞の鼓膜を揺らす。ここ数日の不穏な出来事が脳裏をよぎった。舞は思考するより速く、階段を駆け上がっていく。

「なにごとですか! イチコさん!?」
 事務所のドアを開けると同時に、無数のカードが宙を舞った。綾子、岸田、珊瑚、そしてマサヨが笑顔でテーブルを囲む中、イチコだけが胸を押さえてソファへ寄りかかっている。
「ら、ライフが、私のライフポイントがぁ……」
 その右手には数枚のカードが握られていた。マサヨに見せられた、アヌス02のビジョンが舞の記憶によみがえる。
「まさか、イチコさんを残して、みんな神沼02に洗脳されてしまった!? こうなったら……」
 舞は腰を落とし、相撲をとる体制をとった。張り手を食らわせれば全員が正気を取り戻すかもしれないと考えたのだ。しかしイチコと目が合い、早計であったと気づく。
「やあ、水原さん。今週もよろしくね~」
 イチコはソファに寄りかかり、後方へ身体を反りながら、逆さまの微笑みで手を振ってくる。イチコを取り囲んでいた面々も、自然な顔つきで声をかけてきた。舞はわけがわからず、腰を落としたウンコ座りスタイルのまま固まる。
「おはようございます、みなさん……よろしくです」

 若干頬のこけた綾子が、怪訝そうな顔つきで舞を見下ろす。
「水原さん、用はトイレで足しなさいよ。掃除する岸田が大変なんだから」
「ええっ、わたくしが掃除するのですかあ!?」
 事務所にドッと爆笑が響く。誰もが自然で心から笑っているように見えた。安心すると同時に舞は恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしながら立ち上がる。
「ウンコは灰皿かトイレにすることくらい知ってますよ、子供じゃないんですから。それより皆さん、なにやってたんですか?」
 舞は足元に落ちている1枚のカードを拾い上げる。見たことのある人物のイラストが描かれ、フレーバーテキストとカードの能力を示した数字が書かれている。
「そのまんま東……いや、東国原 英夫?」
 フレーバーテキストには、こう書かれていた。
『フィールドがフライデー編集部の場合、このカードをエレベーター最後尾に設置できる。編集部襲撃の際、このカードが先頭になる』
 首をかしげていると、イチコが起き上がって床に散らばったカードを回収し始める。
「カードゲームだよ。『タレント・ザ・スキャンダル』、通称『TTS』っていうんだ」
 マサヨがカードの回収を手伝いながら補足してくれる。
「『TTS』は芸能人や有名人の不祥事をテーマにしていてね。プレイヤーは週刊誌の悪質記者で、より過激な記事を書くことを目指すという設定よ。カードの組み合わせで強力な不祥事を作り、相手プレイヤーすなわちライバル記者のライフを削り合うの」
「今、流行ってるんだって」
「世も末ですね」
 芸能スキャンダルに詳しいイチコが好きそうなカードゲームだと思った。
「水原さんもやろうよ。私の野球デッキ貸してあげる。最近追加された中田と坂本のカードが強くて扱いやすいから、初心者にもおススメだよ! あ、ちゃんと野球賭博もあるから安心して! それとも、ビートたけしとたけし軍団のデッキにする? これは難しいけど奥深いよ。森社長とか――」
 目を輝かせて鼻息荒く語るイチコの頭を、綾子が鉄扇で小突く。
「続きは昼休みになさい。カードを買ってあげたのは、仕事の資料だからなのよ」
「ハハッ、そうだった」
「というと社長、TTS絡みの事件を返送者が?」
「ええ。でも先に、マサヨについて話しておくわ。全員、打刻したら座って」
 舞はアプリで始業の打刻を済ませ、イチコの隣を選んで腰かける。

 綾子がインスタントコーヒーをすすりながら、話を始める。日曜のチャットの通り、マサヨは本人の希望で事務所へ復帰することとなった。それに伴い、当面は現場の編成が変わることとなる。
 まずA班はメイン運転手がイチコで、サブが珊瑚だ。珊瑚は高校の冬休み期間、1日フルで働けるので、イチコに同行して現場を覚えてもらうのが綾子の狙いだ。
 そしてB班はメインが舞で、サブがマサヨ。A班のサポートを中心とし、場合によっては別の仕事こなす。
「ここまで、いいかしら」
 綾子の問いに、全員がうなずく。育成と戦力増強を目的とした編成だ、現状はこれがベストだろう。舞はイチコとマサヨが組まれなかったことに少し安堵したのを自覚し、よくない考えだと振り払った。マサヨが察したのか眉をひそめたが、小さな会釈で返した。

「マサヨと七宝さん、改めて挨拶をお願いできる?」
「はい。じゃあ、あたしから」
 マサヨがすっと立ち上がる。背筋が伸び、重心に偏りのない美しい立ち方だった。
「みんなには心配をかけて、ごめんなさい。今日から復帰させてもらうわ。改めてよろしく」
 頭を下げるマサヨに、舞たちが口々に「よろしく」と声をかけて拍手した。が、挨拶はこれだけで終わらない。マサヨがどこからともなく豆しぼりと“ひょっとこ”の仮面を取り出して身に着け、踊り始めたのだ。
 舞だけでなく綾子たちも呆気にとられたが、イチコが一際強く拍手すると、全員それに続いた。
(マサヨさんは、なんでも踊れるんだなあ。急に踊り出すのはアレだけど……でも、すごいなあ)
「よっ! マーシー、日本一!」
「どうもどうも」
 マサヨは豆絞りと仮面を脱ぎ、深々とお辞儀してから、珊瑚を見やる。自分の番は終わったという合図だった。

 だが、こんなノリの後に挨拶するのはたまったもんじゃない。珊瑚が目を泳がせているので、舞は励ましのつもりでコクコクとうなずいてやった。珊瑚は気づいて落ち着きをとりもどし、鼻から軽く息を吐いて、挨拶を始める。
「きょ、今日から現場でお世話になります。よろしくお願いします。あの……わ、私も踊ったほうがいいですかね?」
「あはは、無理しなくていいよ」
 舞が助け舟を出したが、真面目な珊瑚には逆効果だったようだ。真剣な顔つきで、一歩前へ出る。
「いえ、やらせてください。心の殻を破り、一日も早く事務所に馴染みたいので」
「でも、七宝さん――」
 舞が言い終えるより先に、珊瑚がおそるおそるステップを踏み、両手を顔の辺りでヒラヒラさせ始めた。
「ちんた~ま踊りは~ぽぽんのぽんと~♪ ひょいと手拍子足拍子~♪ は~は、ひょひょいとねェ~♪」
 歌声を震わせ、顔面を真っ赤にし、ぎこちないロボットのような動きで“ちんたま踊り”を全うした。ちんたま踊りとは、ちんたま市の盆踊りだ。お祭りシーズンに聞かない日はないほど地元で愛されている。
 舞は季節外れの盆踊りを披露した珊瑚の心意気に感動し、拍手しようとした。しかしその前に、珊瑚が床へ膝から崩れ落ちる。
「あ、ああああっ……うああああっ……私、なにか大切なものを失ってしまったぁ……」
 珊瑚は魂が抜け出たかのように口をパクパクさせ、虚ろな目で天井を見上げている。その場の全員は示し合わせたかのように、沸き上がる感情のまま珊瑚を抱きしめてやった。それは同情であり、賞賛であり、愛情であった。

つづく。