見出し画像

小説ですわよ第2部ですわよ5-7

※↑の続きです。

「スカラースパーク……! 私たちは、なにをすれば?」
「汝らの心をひとつにし、世界の修復を念じるのだ。あとは我々がやる」
 ピンキーとMMがメタンガスを噴射しながら上昇してきて、ぬーぼーと綾子の横に並ぶ。
「我々も心を得た者、手伝います。いいですね、MM?」
「ええ、もちろんです」
「それじゃあ始めるわよ。貴方たち、目を閉じて集中して!」
 綾子の言葉に、舞たちは瞼を下ろした。舞は全員が本当に目を閉じているか確かめようと、細目でぬーぼーの内部を見渡す。同じことをしているイチコと視線が重なり、お互いバツが悪そうにちゃんと目を閉じた。

(クソ穴を閉じて、この狂った世界を元に戻す!)
 念じると、全身がぼわっと熱くなる。さきほどスカラー波をまとったときと同じ感覚だ。
 すると言葉がどこからともなく、頭の中に響く。珊瑚の声だ。
(穴を閉じて、この世界を元に戻す!)
 この場にいる者たちとスカラー電磁波を介して思念を共有できる状態らしい。珊瑚はまともに念じてくれていたというわけだ。
 さらに、他の者たちの声が次々と聞こえてくる。
(顔以外の取柄がほしい……)
(ブチ殺す!)
(あの穴、つんつんしたい)
(新作カレーは、どんなスパイスを調合しようかな)
(シン・ヤキソバンは結局なにも活躍できなかったなあ……)
(どうにかしてインボイスを回避できないかしら。余計に税金を取られるなんて癪ね)
 世界を救うには程遠い邪念ばかりであった。そうしているあいだにも穴は広がり、空に浮かぶシティ・オブ・チンタマの街並みが、よりハッキリとしたものになっていく。アヌス02とこちら側が接近しているのだ。

 この体たらくに、スカラー電磁波の怒りが爆発する。
(汝ら! こんなときくらい真面目にやれんのか!)
(ごめんごめん、私が言って聞かせるから)とイチコが念で謝罪する。
(イチコさんだってふざけてたでしょ!)
(いいから聞いて。みんな、今考えることはひとつだよ。『世界を救ったら姐さんの奢りで新年会をやる』。いい?)
(こらっ、イチコ!)
 この問いかけに「おお~っ!」と期待をこめた歓声が揃う。
(ああもう、仕方ないわね! それでいくわよ! せ~の!)
 諦めた綾子が音頭を取り、今度こそスカラースパークのために念じる。
(世界を救ったら新年会!)
(社長のおごり!)
(飲み放題!)
(食べ放題!)
 途端、舞の全身が熱を増す。目を閉じたままでも、スカラー電磁波の輝きが強まったとわかる。
(よし。では叫ぶのだ『スカラースパーク』と!)

「スカラァスパァァァク!!」

 叫びと共に、舞たちを包んでいたスカラー波の青い光がぬーぼーに集束されていく。そして光は青い球体――スカラースパークに形を変え、穴へ向けて勢いよく発射される。
 舞は様子を見ようと目を開けたが、太陽を直視したような眩しさに顔を背け、両手で視界を覆ってしまった。細目を開けて様子をうかがうと、スカラースパークが穴の中に突入し、内部で青い閃光を伴って爆発を起こす。穴が回転して渦を巻き、収縮を始めた。ちんたま市全域を覆うほどの大きさが、浣腸ビルが通れるか通れないかのサイズまで瞬く間に縮んでいく。同調してチンタマの街並みも遠く、薄くなっていった。
「ふおおおっ! スカラー電磁波すげーっ!」
 イチコが喜んだのも束の間、穴の収縮が止まり、逆方向に渦を巻いて少しずつ大きくなり始めてしまう。
「いかん、威力が足りん! 汝ら、もう一度だ!」
 舞たちが念じると、スカラースパークが再発射される。穴は動きを一時的に止めたものの、また拡大が始めてしまう。加えて、ぬーぼーの内部に亀裂が入った。先行者が崩壊したときと似ており、舞はイヤな予感に駆られる。
「こ、これ以上は、器が耐えられん。ここまでのようだ……」
 予感は的中し、ぬーぼーが最悪の事態を宣言した。

 イチコが両手をこすり合わせ、頭を下げる。
「あと一回、あと一回だけお願い! なんでもしますから!」
「本当に、なんでもするか?」
「本当、本当! 約束します、はい!」
 イチコが感情をこめずに言う。踏み倒すつもりだと舞は悟った。
「よかろう。しかしこのままでは、根本的にチカラが……想いの強さが足りぬ。今すぐこの場へ誰か呼べぬか?」
「え~っ、麻雀の人数合わせじゃないんだからさあ。ビーバー店長たちはどこいるかわかんないし、ウラシマは連絡が通じないし。え~っと、え~っと」
 イチコはスマホの連絡帳を素早くスライドさせるが、都合のいい人間は見つからない。
「ここにいるナリよ」
 イチコの肩に、短い鋼鉄の手が置かれる。
「愛助! マーシーも!」
 愛助とマーシーが意識を取り戻していた。
「話は聞こえてたわ。スカラー電磁波さん、ふたり追加でどうかしら?」
「どうにかしてみよう。さあ、念じよ!」
(世界を救ったら新年会!)
(シメはコロッケそばナリ!)
(あたしの居場所を守る!)
(領収書を切るのを忘れずに!)
(電話予約もしっかり!)

「スカラァァァッ! スパァァァァァァク!!」

 発射。
 閃光。
 爆発。
 そして収縮した大穴に、浣腸ビルの残骸が吸い込まれていく。先行者のパーツとなっていた機械蜘蛛たちも。ピンキーたちに心を与えられ、戦いを放棄した蜘蛛たちも。この世界の異物が、すべて穴の向こうへ消えていく。

 同時に、ぬーぼーの崩壊が始まった。ぬーぼーの口が開き、舞たちは外へ出て迎えに来たピンキーとMMに乗り移ろうとする。“異物”を例外として。
「マサヨさん、愛助! 早く脱出しなきゃ!」
 舞が急かしても、マサヨたちは立ち尽くしたまま車に乗り移ろうとしない。マサヨは寂しげな微笑みを浮かべて、首を横に振った。
「私たちはアヌス02へ行くわ。この身体にはアヌス02の機械が埋めこまれている。愛助は元々向こうのロボット。この世界に存在してはいけないの」
「そんな! 一緒に新年会しようって約束したじゃないですか!!」
「いつかの楽しみにしておくナリよ」
「マーシー、行っちゃダメだ! キミたちの居場所は探偵社だろう!?」
「ありがとう、わかってる。探偵社は私たちの帰る場所。こんなこと思えるのは初めて。だから私たちは寂しくない。アヌス02で罪を償ってくる。あっちの世界の復興を手伝うの」
「マーシーたちは償う必要なんてないよ!」
「そうだね。でも異物であるという事実は変えられないわ。だったらあるべき場所で頑張りたい」
「イヤだ! せっかくまた会えたのに!」
 ダダをこねるイチコに、ピンキーが非情な事実を告げる。
「間もなく、浮上を維持するためのガス残量がなくなります……」
 機械的に読み上げながら、感情を押さえこむ声の震えがあった。
 マサヨが愛助を胸元へ抱え上げる。
「イチコ、水原。私たちを“送って”くれる?」
「っ……!」
「イチコさん、送ってあげましょう。マサヨさんと愛助の決意を無駄にしてはいけません」
 舞に諭され、イチコは力なくうなずいた。
 ふたりは軍団をどかして、舞が助手席に、イチコが運転席に乗りこむ。
 マサヨが微笑んだ。愛助はディスプレイに「(*^-^*)」を浮かべた。
 ピンキーのフロントバンパーが、そっと優しくマサヨたちに触れる。
 淡い光に包まれマサヨと愛助は、粒子となって舞い上がり、閉じゆく大穴の中へ消えていく。降下していくピンキーの中で、舞とイチコは仲間の旅立ちを見送った。

「返送、完了」

-------------------------------------------------------------------
▼名前:田代まさよ、愛助(Assassin Intelligence Spport Ultimate Killing Expert)

▼年齢:田代(26歳)、愛助(製造年数3年)

▼性別:田代(女)、愛助(コロッケそばが似合うダンディな男になりたい)

▼職業:ピンピンカートン探偵社アルバイト

▼能力
 田代:
 愛助:ロボットの制御

▼状況
 長くなるため、別途経過報告書を作成します。

▼対処
 田代と愛助の希望を受け、森川と水原が返送。 

▼備考
 森川と水原の精神的負担を考慮し、報告書の作成は七宝が代理で担当。
 マサヨさん、愛助、またカラオケ行きましょうね!

(七宝 珊瑚の報告書より)
-------------------------------------------------------------------

 ピンキーとMMは最後のガスを噴射して衝撃を抑え、無事に地面へ着地した。舞たちが降車したところへ、綾子が翼をはばたかせ、滑るように空から降りてくる。
 大穴は閉じられた。チンタマも見得ない。空は嘘のように青かった。
 ぬーぼーは崩壊……ではなくミシミシと音を立て、ぬいぐるみサイズとなって綾子の両手の中に落ちてくる。
「魔力のボディを維持できなくなったのね」
 綾子がぬーぼーの頭をポンポンと叩く。
「巨大ロボじゃないんですか?」舞が素朴な疑問をぶつける。
「このぬいぐるみを媒介に、魔法で大きくしたのよ」
「どうして、ぬーぼーなんでしょうか?」今度は珊瑚が訊ねる。
「媒介は別になんでもよかったんだけど、事務所でぬーぼーを食べてたら、パッケージの黄色い子と目が合ってね。ネットオークションで、ぬいぐるみを買ったのよ」
「あ~っ! 冷蔵庫のぬーぼー食べちゃったの姐さんか! ひとつふたつならまだしも、全部食べたでしょ!」
「し、しまった!」
「独り占めはよくないぞ、吸血鬼」
 ぬいぐるみ化したぬーぼーが、片腕をぎこちなく動かす。まだスカラー電磁波の意思が宿っていたようだ。
「だが汝の税金対策ロボがあったからこそ、事態を解決できた」
「貴方が介入してくれたおかげよ、スカラー様」
「……アヌス間の接触が始まるのは、遥か未来のはずであった。精神と文明がともに成熟しきったとき、我らが異なるアヌス同士の交流を導くはずであったのだ。しかし未熟な天才が邪悪なる意思で、歴史を歪めてしまった。特異点に触れることで、世界の因果もな」
 ぬーぼーがイチコと軍団をみる。シン・ヤキソバンと変態スリングショット水着が一瞬で元の色ジャージに戻った。綾子がぬーぼーを抱いたまま、その顔を覗きこむ。
「これで修復された……ということでいいのかしら?」
「ひとまずは。だが特異点は全マルチアヌスの因果を変えることのできる、唯一無二の人間。今後どういった形で再び歪みが起こるかはわからぬ」
 その特異点は、ウネウネ棒をウインウインと電動させて遊んでいる。
「それで偉大なるスカラー電磁波様は、イチコをどうするおつもり?」
「当面は静観しよう。彼女には、運命を導く者がいる」
 ぬーぼーは小さな目で舞を見てきた。
「水原 舞よ。どうか特異点を頼む」
「はあ……まあ。運命とかはわかりませんけど、わかりました」
「介入できる時間は、間もなく終わりのようだ。森川イチコよ、約束の件だが」
 ぬーぼーが短い指をイチコに向けるが、当の本人は下手くそな口笛を吹き、そっぽを向いている。スカラースパークを使用する際に「なんでもする」と約束をしたが、やはり踏み倒すつもりのようだ。
「カッスカスの口笛はやめんか!」
「ハハッ……やっぱり約束守らなきゃダメ?」
「ダメ。そう遠くない未来、汝には我々のもとで共に働いてもらう」
「ええっ、出張? どこで? 日帰りはダルいから宿手配してよ」
「時間や空間という概念を超え、あらゆる世界、あらゆる時代を正しく導くのだ。それこそが特異点の真なる役目」
「特異点の、真なる……」
「“そのとき”が訪れれば、おのずと明かされるだろう。汝の名、汝がどこから来たのか」
「私の本名!? どこの世界から来たのかも! いやいや、今すぐ教えてよ」
「……時間のようだ。また会おう、さらばだ」
 そう言い残したのを最後に、ぬーぼーはぐったりして動かなくなる。寸止めを食らったイチコは、ぬーぼーの首を締めにかかる。
「時間や空間を超越できるくせに、時間切れはないでしょ~! このっ、戻ってこい! こいつ、こらっ!」
 しかし、ぬーぼーは手足をだらんとさせたまま動かない。綾子がイチコからぬーぼーを引きはがす。
「私のなんだから乱暴なことしないでよ」
「くっそ~っ!」
 イチコは悔しさに地団太を踏む。が、すぐにあっけらかんとした顔で言った。
「ま、しばらくは森川イチコでいいか。脱税吸血鬼の下で、この世界のために働くよ」
「人聞きの悪いこと言うんじゃないの、脱税はしてないわよ!」
「ハハーッ!」
 今すぐスカラー電磁波に連れられて、イチコが遠くへ行ってしまうことはないらしい。だが遠くない未来、別れの時は確かに訪れる。その事実に舞の口は重く閉ざされた。行き場のない想いが交通渋滞を起こし、溢れそうになるのをどうにかこらえた。

 綾子がぬいぐるみの腹をつつきながら、一同を見渡す。
「みんな、おつかれさま。撤収して、新年会にしましょう」
「やった~!」
 舞、イチコ、珊瑚、軍団、ピンキー、MMが一斉に万歳して歓声をあげる。綾子は「ふふっ」と楽しげに笑ってから、指で宙に円を描く。
「岸田と残りの軍団……それからマサヨと愛助も呼ばなくちゃね」
「社長、チカラの使い過ぎでボケちゃったんですか? マサヨさんと愛助は……」
「フフン、ボケたのは貴方じゃなくて? 轢いた返送者は追跡できるし、呼び寄せることもできるのよ。去年使ったばかりでしょ」
「あっ!!」
 こちらの神沼が起こした事件を思い出した。神沼のゲロを飲み、強制的に異世界へ転移させられた人々を、綾子が呼び戻したことがあったのだ。
「でもいいんですか? スカラー電磁波に怒られるんじゃ」
「アレには昔から黙認してもらってるの。2~3時間こっちへ遊びにくる程度、わけないわ。長くなるから、詳しくはまた今度ね」
「まあ、そういうことなら……」
 綾子が円を描いた場所に、人が通れるサイズの黒い穴が発生する。
「水原、いつもの蕎麦屋さんに電話で予約しといて。あと昨日キャンセルしちゃったこと謝っといて」
「そんなあ! ……わかりました」
 舞が電話をかけている間に、綾子は穴の中へずけずけと顔を突っこんで叫んだ。
「マサヨ、愛助、新年会やるからいらっしゃい。あ、そこのモヒカンさん。うちのバイトが世話になったわね。よろしければ一緒にいらして。水原~、ひとり追加ね」
「はぁ~い。あの、すみません、大将。あ、聞こえてました? 助かります。ではまたのちほど。はい、はい、失礼いたしま~す」

つづく。