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小説ですわよ第2部ですわよ5-3

※↑の続きです。

「やってくれたわね。私の美しい屋敷を……」
 綾子が怒りに声を震わせて立ち上がる。実際の被害は見るかぎり窓ガラスが割れたくらいだ。が、自宅を襲撃されたことが許せないのだろう。続いてイチコも、焼きそばヘッドにバランスを崩しそうになりながら立つ。
「先行者め、姐さんが胡散臭い占いグッズを売りつけて稼いだ金で建てた汚らわしい屋敷によくも傷をつけたな!」
「おだまり!」
 怒っていたのは彼女らだけではない。Jリーグカレーを台無しにされたイエローが水着をちぎれそうなほど強く引っ張り、股間に食いこませる。
「食べ物を粗末にするヤツは死ぬべきなんだ! ぬいいいいいいっ! 許さない、許さない! 食べ物の恨みをアヌス02の連中に思い知らせてやる!」
「食事中にそんな恰好する人も、大概食べ物を冒涜してますけどね」
 イエローに舞のぼやきは聞こえなかったようだ。さらに強く水着を引っ張り、ついに破けた。他の軍団が慌ててかけより、銀のトレイで“それ”を隠す。こういう羞恥心は残っているらしい。

 モニターに映る先行者は、北東を向いたまま停止している。先ほどの砲撃の影響と思われるが、いつまた動き出すかわからない。屋敷は何発か耐えられるとしても、他の場所を攻撃されれば大惨事だ。そうなる前に先行者を討たなければならない。綾子はそう語った。
「出撃よ。作戦は移動しながら話すわ。人様の庭を踏み荒らす無礼者のケツをしばき倒してやりましょう」
 イチコや軍団が雄たけびをあげ、舞はワンテンポ遅れて叫んだ。珊瑚も今や戸惑うことなく拳を突き上げる。
 そして出撃するべく全員、食堂を飛び出していく。だが舞とイチコは綾子に首根っこを掴まれた。
「マイケル富岡と水原さんはお留守番よ。七宝さんも残って」
「ええっ、どうして!? 今、地球に必要なのは平和を守るヒーロー、ヤキソバンでしょ!」
「私も先行者ぶっ倒したいです!」
「バイトに入って間もないですが、私だってサポートくらいなら!」
「理由はあとで」
 口々に訴えるが、綾子は首を振るばかりだ。いつも前線に出るメンバーを残すということは、それなりの理由があるのだろう。舞たちは倒れた椅子を直して腰掛け、出撃していく軍団を見送った。

 ひび割れたモニターに、MMとピンキーセプターの車内が分割されて映し出される。乗りこんだ軍団に、綾子が作戦を説明し始めた。
 まず、2台は敵の妨害をかいくぐりながら先行者へ接近し、スカラー電磁波で沈静化を試みる。ちなみにMMに搭載されたスカラー砲は改造され、連射可能になっていた。ついでに舞たちがJリーグカレーを食べているあいだ、ピンキーがMMにスカラー波を浴びせ、MMは自我を得たという(ついでに説明することではないが、舞は話の腰を折らぬよう黙って聞いた)。
 次に先行者内部へ突入し、ロボット兵器のコアとなっているクロスファイアとサポートロボット――すなわちマサヨと愛助を発見し、無力化させたのち身柄を確保する。困難な場合は……”機能を停止させる”。
「以上よ」
「了解」
 綾子はあっさりと言ってのけ、軍団も淡々と応答した。

 しかし簡単に流せるものではない。舞、イチコ、珊瑚は揃って身を乗り出す。
「機能を停止させるって、マサヨさんと愛助を破壊するってことですよね」
「スカラー砲が効かなければそうするわ。神沼重工はスカラー電磁波を無力かする技術を持っているんでしょ、水原さん」
「アヌス02での話を聞いていたのなら、マサヨさんと愛助が一方的に改造された被害者であることもご存知のはずです」
「助けられるのならば助けたい。でも不可能なときは……情に流されて躊躇すれば、この世界は蹂躙されるわ」
「姐さんの魔法でなんとかならないの?」
「私は吸血鬼であって、機械のスペシャリストではないの」
 綾子が空中を撫でるように指先を動かすと、ポットがひとりでにカップへコーヒーを注いだ。珊瑚は綾子の魔法に接するのは初めてだったのか、目を丸くしながらも、すぐ我に返って質問する。
「この3人を残したのは、いざというときマサヨさんを手にかけられないと判断したからですか? もしそうなら――」
「貴方たちは“やるときはやる”とよく知っているわ」
「じゃあ、どうして?」
「マサヨたちの狙いである『真の特異点』と『その運命に干渉できる者』。その可能性がある者を、前線へ出すわけにはいかないからよ」
 綾子はコーヒーをひと口飲んで、カップの持ち手から指を離す。カップは落ちることなく、その場にフワフワと浮いてから、ゆっくりとテーブルの上に着地した。

「私たちが特異点と関係あるって? こんな平凡な人間が? ハハーッ!」
「…………」
 イチコのTVディレクター笑いが、食堂に残響する。
「あ、あれ?」
「イチコさん、普通じゃないでしょ」
「いやいや、1度死んだことあるくらいだよ」
「そうじゃなくって。まず異世界人じゃないですか。しかも記憶がないし、どこの世界から飛ばされてきたのかわからないし、轢いても返送できないし。大体、森川イチコって名前も本名かわからないんでしょ」
「あ~……」
「あ~って……」
 イチコは指摘されて、ようやく思い出したらしい。目を上に向け、ポリポリと頬を掻いている。かくいう舞も彼女が普通ではないことなど、すっかり頭から抜け落ちていた。
「根拠はないわ。だけど少なくとも神沼重工は、貴方たちが特異点であると考えている。だからマサヨたちに狙われた」
「特異点は水原さんだと思うな! だって相撲の精霊が心に住んでるって普通じゃないもん」
「いやいや、やっぱりイチコさんが特異点ですよ。あんなに菓子パンをボロボロこぼす人なんですから」
 敵の目的は、この世界を始めとした全マルチアヌスの掌握。そのために特異点に何らかの干渉をして、運命を操作しようとしている。その計画の一旦として、舞はアヌス02に転移させられた。それは自分が特異点だから……? いや、おそらく違う。舞は向こうの世界で、神沼ロボットにクロスファイアとして改造――つまり侵略の尖兵にされかけた。舞が特異点ならば、そんなことはしないはずだ。
 やはり特異点は……と言いかけたところで、珊瑚が口を開く。
「ふたりとも特異点をなすり付け合うのはやめて、社長のお話を聞きましょうよ」
 至極真っ当な注意を受けてしまった。綾子は呆れた様子でため息を吐いてから、話を続ける。
「シン・ヤキソバンが現れたり、軍団が変態水着を着たりしたのは、水原さんが転移させられた直後。どちらが特異点かはともかく、貴方たちに干渉することで異変が起こるのは、確かだとみている。にわかには信じがたいけれど……」
 それは舞も同じだった。かつてイチコは「私と水原さんは、加藤茶と志村けん」と言った。それは精神的な繋がり、互いに欠かせない相棒という意味だ。それがどうもマルチアヌスを巻きこんだ問題となっている。だが信じて、今起こってる問題を解決していくしかない。

 と、モニターにMMを運転するシルバーの歯抜け顔が映る。
「社長、ブチ殺すぞ。先行者の近くまで来たぜ。距離は1kmくらいかな」
 カメラが車の前方の景色に切り替わる。フロントガラスの向こうに、先行者の足から腰の上が見えた。そしてビルの壁を這いながら目を赤く光らせる機械蜘蛛の群れも。すべてが先行者に合体したわけではなく、周辺を防衛するために数機が残っていたのだろう。
「おっしゃぁっ、ブチ殺すぜぇ!」
「気をつけてね。私も今から出る」
 綾子は立ち上がり、両手をあおぐように大きく動かした。すると飛散した窓ガラスが浮き上がり、パズルのピースを埋めるように元あった位置へ戻る。
「私は魔法で空の大穴を塞ぎに行くわ。留守番お願いね」
「ずるいよ、姐さん!」
「外に出ちゃだめよ。まあ、魔法で出られないけれど。それから屋敷の中をウロつかないように。食堂で大人しくしてなさい」
「ええっ!? トイレもここでしろってこと?」
「それはトイレに行きなさい」
「異世界から帰ってきたばかりなので、シャワーを浴びたいです!」
「ん~、まあ許すわ。というわけで七宝さん、ふたりを見張っておいて」
「わかりました」
 綾子の身体が、異世界へ転移するときのように半透明になる。
「もう一度言うわよ。外に出ないこと、屋敷をウロつかないこと。いいわね、絶対ダメよ。絶対だからね」
「は~い」
「ほほ~い」
「心配ねえ……」
 眉をひそめながら、綾子の身体が完全な透明となって消えた。

 静寂が訪れ、イチコがわざとらしく咳きこみ、舞も同じように応える。
「ちょっとトイレ~」
「私はシャワーに~」
 イチコと舞が立ち上がると、珊瑚が慌てて立ち上がり服を引っ張る。
「ふたりとも、言われたそばから!」
「七宝さん、どうして屋敷の中を探検するってわかったの?」
「やっぱり! ダメですよ、大人しくしてましょう」
「でも『絶対ダメ』をしつこく念押しするのって、逆に『やれ』ってことだよ」
「違いますって! 社長はダチョウ俱楽部じゃないんですよ。さ、座って」
 珊瑚に引きずられ、イチコと舞はしぶしぶ席につく。

 巨大モニターの中では、軍団と機械蜘蛛の交戦が開始されていた。
「愚か者に使われる哀れな機械たちよ、この光で目覚めなさい!」
「偉大なるスカラー電磁波よ、機械蜘蛛に新たなる可能性を与えたまえ!」
 ピンキーとMMが押し寄せる蜘蛛の銃撃を回避し、次々にスカラー電磁波を浴びせていく。機械蜘蛛の統率された動きが乱れ、ある者は静止し、ある者は戦場を離れ、またある者はピンキーとMMを援護するように追随する。
「やりますね、MM!」
「あなたこそ、ピンキー!」
 ピンキーは女性、MMは男性の声で互いを称える。
「意思を持った車の先輩として、負けてはいられませんね」
「僕だって負けませんよ!」
「ふふふっ! この調子で、どんどんスカラー電磁波を浴びせていきましょう!」
「ええ、僕たちのように心を持つ素晴らしい仲間を増やすのです。あはははっ!」
 カーナビの合成音声のままだが、強い感情や意思を感じるような抑揚があった。
 2台は銃弾を浴びながらも、機械蜘蛛たちを無力化させて先行者へと距離を縮めていく。運転もピンキーたちが半ば自分の意思で行っているらしく、軍団は車内でやいのやいのと騒いでいるだけだ。この様子では、確かに自分たちの出る幕はないかもしれないと舞は思った。

 間もなく蜘蛛の襲撃が収まり、2台は先行者から約200mほどまで接近する。車載カメラを通した巨大モニターには、先行者のほぼ足元だけが映っているという距離だ。
 ここで先行者が動き、2台のほうへ向きを変えた。股間に搭載された砲門も標的に合わせて角度を調整し始める。
「まずい!」
「逃げて!」
「攻撃がきます!」
 舞たちは思わず立ち上がり、モニターに叫ぶ。直後、車載カメラからの景色が道路からビル街の屋上に変わった。2台が回避のため、オナラを噴射して斜め上へ飛んだのだ。その眼下に見える先行者の砲門が赤く光り、光線を発射する。人間には感知できないスピードで光線が道路へ着弾し、爆発と共にアスファルトと土煙が跳ね上がった。無事の回避に舞、イチコ、珊瑚のホッとした息が重なる。
 ただ見る限りでは、屋敷を襲ったときよりも光線の威力が低い。連射してくるのではないか……その嫌な予感は的中し、先行者は動きを止めることなく上空の2台へ向き直り、砲門の角度を修正する。再び赤い閃光が放たれるも、ピンキーたちは先読みしていたようで、オナラを横方向に噴射させることで光線をかわした。
 先行者は砲門を上空に向けたまま、今度は光線を散弾のように発射した。点では回避されるので面の攻撃に移ったのだ。無数の小さな赤い矢がピンキーたちへ襲い掛かる。2台は多少の被弾を覚悟で加速し、光線の雨を抜けて先行者へマヌケヅラに迫る。そして――
「やりますよ、ピンキー!」
「はい、MM!」
「スカラァァァァァァ!」
「ビィィィィィィム!!」
 魂の叫びと共に、今度は2台から青い光線の矢が無数に発射される。先行者はスカラービームを顔面へまともに浴び、動きを止めた。
「よっしゃああああああっ!!」
 軍団、ピンキー、MM、そして食堂に残った舞たちが一斉に歓声をあげた。

「ナイスよ。今のうちに内部へ突入して!」
 声の主は背中からコウモリのような黒い翼を広げ、先行者の頭上で浮遊していた。
「社長!」
 綾子が人差し指を先行者に向けると、指先から電光が迸り、先行者の顔面に穴を開ける。
「私は穴を塞ぐ。先行者は任せたわよ!」
 綾子は翼をはばたかせ、空に出現したアヌスへ向けて上昇していった。ピンキーとMMは飛んだ勢いのまま、先行者の内部へ突入していく。
 ここで舞に疑問が生まれた。綾子たち吸血鬼の目的は、マルチアヌスを産みだした神々の居場所を突き止め、復讐すること。詳しい経緯は知らないが、吸血鬼は神々によって生み出され、それが復讐の理由に繋がっているそうだ。であれば、上空のアヌスを塞ぐことは吸血鬼にとって得策なのだろうか。あれを調査すれば神々の居場所に近づけるのではないだろうか。しかし今考えても意味はないと、舞はすぐに疑問をしまった。

 巨大モニターの画面が一瞬真っ暗になったあと、ピンキーたちがライトを灯してわずかに明るくなる。照らし出された先行者の内部は、想像していたものとは違っていた。
 機械や計器類などは一切ない。配線に見えた細長いケーブル状の物体が、ドクンドクンと脈打っている。そして外からは気づかなかったが、中は呼吸のように空気音を立てながら、かずかに上下動しているのだ。外見はダメロボットながら、この内部を見るに、アヌス02の技術は異質で先を進んでいるのだとわかる(そもそも巨大人型ロボットを実現している時点で、この世界の技術レベルより遥かに上なのだが)。
「うへぇ……」
「気持ち悪っ」
「まるで生物だ」
 軍団たちが、ひそひそと嫌悪感をささやくのが聞こえてくる。ピンキーたちが右へ方向転換すると、ライトの照らす先に“彼女たち”がいた。
「マサヨさん! 愛助も!」
 マサヨが愛助を胸元で抱きしめたまま、あちこちから伸びた血管のようなケーブルで全身を縛りつけられている。
「マサヨさん、愛助! 返事をして!」
 舞がモニターの向こうへ呼びかけるが、マサヨは目を閉じたまま微動だにしない。愛助は顔面ディスプレイの光が消え、手足をだらんと垂らしている。
「まさか、もう……」
 珊瑚が最悪の事態を口に仕掛け、すぐに言葉を飲みこむ。
「田代様から生体反応あり。愛助からは微弱な電流を感じるため、待機状態かと思われます」
「よかった。ピンキー、MM、今のうちにスカラー波ッス」
「了解」
 レッドの指示に従い、スカラー電磁波がマサヨたちに浴びせられる。が、マサヨと愛助は動かないままだ。
「効いてない……?」
 珊瑚が独り言気味に呟いた疑問を、ピンキーが拾う。
「どうでしょうか。おふたりの体内反応は依然として変わりません」
「じゃあ、俺がつんつんしてくるよ」
 ブルーが誰の返答も待たずに車を降り、マサヨたちへつかつかと歩み寄っていく。
「ブルー、変なとこ触んないでよね」舞が忠告する。
「はいはい。わかってるって」
 ブルーの指先が、マサヨの胸の直前で止まる。早くつんつんしろと催促する者はいなかった。マサヨが真紅の目を開き、愛助は顔面に赤い顔文字「(-"-)」を表示させたからだった。

つづく。