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小説ですわよ第3部ですわよ1-1

第1部↓

第2部↓

 夜のちんたま自然公園。電灯の白色光を受けながら、銀髪の少年が言った。
「今夜、虎漢一家こかんいっかを潰すから」
 やや鼻にかかった小さな声。150人以上の黒い特攻服たちが聞き耳を立てる。俺も不本意ながら、そのひとりだ。

 俺が所属させられている暴走族、亜成會あなるかい虎漢一家こかんいっかは1年以上に渡って抗争状態にあった。当初は互いにせいぜい骨折で病院送りになる程度の戦いであったが、先週ついに亜成會から死者がでた。行き過ぎたリンチによるものだと聞いている。これから俺たちは、虎漢一家に総攻撃をしかけるつもりらしい。今は出撃前の決起集会というわけだ。

「仇討ちだ。燃えてきたな、おい」
 シトラスのきつい香りが漂ってくる。隣のダイゴが、俺の肩を拳で突いてきた。俺の身体がよろめくと、ダイゴはニヤニヤと口の端を歪める。イラっときたが、俺は金髪のツーブロック野郎を見上げて愛想笑いをするしかない。文句を漏らそうものなら、190cm以上の体躯から顔面パンチが振り下ろされ、前歯が吹っ飛ばされるだろう。

  俺の苛立ちをよそに、銀髪の少年――キクノスケが話を続ける。
「いつも通り、A班はカチコミ。B班はお楽しみの用意を」
 お楽しみとは、敵対勢力の構成員の家族、恋人、友人の女性を拉致することだ。そこから先の、おぞましい話はしたくない。
 ダイゴが大きな手を夜空にあげる。
「はい、はい! 俺、B班希望~!」
 罪悪感の欠片もない半笑い交じりの言葉に、周りの特攻服たちも釣られて笑う。キクノスケも、フッとわずかに口角をゆるめる。
「約束、忘れてないよね?」
「へへっ……んなわけねぇだろ」
「今夜も繰り広げよう、氷の地獄を」
「おう!」
 キクノスケとダイゴは何やらふたりだけの世界を展開し、微笑み合う。漫画じみた薄ら寒いやり取りに、鳥肌がたった。

 しかしこの会話を誰も笑わない……いや、笑えないのには理由があるのだ。キクノスケが、右の手のひらを天に向ける。するとパキパキと小さな破裂音がなり、右手が真っ白に染まった。一瞬にして霜が張ったのだ。さらに霜はタケノコのように天へ向かって伸びていき、人間の腕ほどもある高さの氷柱へと成長した。
 自身の半径5メートル以内にあるものを、自在に凍結させる力。手品でも幻覚でもない。キクノスケは魔法のような力を確かに持っている。この能力でヤクザや半グレ、亜成會の敵対派閥を何人も凍らせ、そして砕いたのを見てきた。これがあるからキクノスケは亜成會のリーダーに上り詰め、組織の勢力を拡大できたのだ。

 キクノスケが鼻から小さく息を漏らすと、氷の柱は粉々になり、地面に散らばった。特攻服たちの唾を飲みこむ音が聞こえる。
「じゃあ、始めようか。ちんたまに亜成の青い嵐を吹かせよう」
 いつもの陳腐な決めセリフ。特攻服たちが恐怖と忠誠心、高揚の入り混じったケダモノのような雄たけびをあげて応える。
 ……はずだった。
 雄たけびがあがる直前、唸るエンジン音が差しこまれる。直後、ライトの光を目に浴びせられ、俺たちは顔を背けた。おそるおそる細目で光が飛んできた方向に視線を移す。

 ハイエースがアイドリング状態で停車していた。B班がお楽しみの用意に使う車だ。が、亜成會のものではない。――ピンク。そう、バカみたいなショッキングピンクのハイエースである。
「なんだてめぇ!」
「邪魔だ、失せろ!」
「カーセックスならよそでやれ!」
「女だけよこせ!」
 黒特攻服たちが口々に罵詈雑言を飛ばす。背中の『正義』の刺繍が笑わせる。
 恐怖か呆れか、ハイエースは動かない。亜成會の面々がライトの光に慣れ、車を取り囲もうと一歩を踏み出す。そのとき運転席側のドアが開き、黒い目出し帽に黒い上下スウェットの男が降り立った。いや、男というのは思いこみだった。低いハスキーボイス、しかし確実に女であろう声が目出し帽越しに発せられる。
「キクモンスキーって人、いる~?」
 一瞬の思考停止。そして女の探している人物を理解した。だが黒特攻服たちは誰もキクノスケを見ようとしない。表情を見るのが怖いのだ。
「イチコさん、キクモンスキーじゃありませんってば」
 今度は助手席側から上擦った声の女が降り立った。ピンクの目出し帽に、ピンクの上下ジャージ。強盗の類にしてはマヌケで小柄だが、なにか組技系の格闘技に精通しているのか体幹にブレがなく、しっかりと大地を踏みしめている。
 黒強盗が慌てた様子でピンク強盗に顔を向ける。
「ちょっと水原さん、身バレするからコードネームで呼んでよ! 私はモッコリ1号でしょ~」
「あ……そ、そういうイチコさんだって、名前言っちゃってんじゃないですか!」
「下の名前はバラしてないから大丈夫だって。今、世間で『水原』っていったら一平なんだから」
「だから呼ぶなって言ってんの!」
 女たちはハイエース越しに口論を始めた。と、ハイエースのブレーキランプが明滅し、カーナビであろう機械音声がふたりをなだめる。
「落ち着いて。さっさと目標を轢いて。あとは社長に記憶を消してもらえばいいだけじゃないですか」
 カーナビにしてはやけに状況判断が的確で流暢だ。AIを搭載しているのだろうか。とにかくピンクと黒の女強盗は言葉の刀を鞘に納めた。

 呆気にとられていた亜成會だが、遅れて徐々に怒りのボルテージが上がっていく。決起集会を邪魔されたのだから、ただで帰すわけにはいかない。女であれば尚更だ。そろそろダイゴあたりが――
「お前、あの女捕まえてこい」
 ダイゴの前蹴りを尻に受け、俺は前につんのめる。
「ちょ……」
「行けよ、オラ」
 体勢を整えた直後に、もう一発前蹴りで押し出される。ダイゴはいつもそうだ。なにかと俺を蹴るわ殴るわ、しょうもない仕事をやらせるわ。だが逆らうことが無意味だと知っているので抵抗はしない。俺はたたらを踏みながら、女たちの前に躍り出た。
(捕まえろったってな……)
 どうしたものか。ピンク強盗は丸い目で、黒強盗は切れ長の目で、特に表情をこめることなく俺を見つめてくる。それで余計にどうすればいいかわからなくなった。と、後ろからダイゴたちの罵声が飛んでくる。
「さっさと捕まえろよ、しょうもねぇな!」
「そうだ、お前。ここで女とやっちまえよ」
「いいなそれ。や~れ、や~れ!」
「や~れ! や~れ!!」
 『やれ』コールが大きくなるのに比例して、俺の心臓も焦りと屈辱に鼓動を速めていく。そんな中、やはり強盗たちは何をするでもなく俺を見つめている。そして、ようやく黒強盗が動いた。だが俺に対しての関心は一切なく、横を通り過ぎていく。それを目で追いかける。女の背中からは怒りのような威圧感を感じられた。ここで俺は、女が紫色の大人のオモチャのような棒を左手に持っていると気づいた。
 黒強盗は右手でダイゴを指さす。
「私たちは黄門こうもんキクノスケに用があるんだ。怪我しなくなかったら、とっとと解散して。罪の意識があるなら警察に出頭すること」
 肝心のキクノスケは薄っすらと微笑みを浮かべているだけだ。ダイゴが他の特攻服たちをかきわけ、イチコの前に出てくる。
「用があるなら俺が聞いてやる」
「キクノスケを出して」
「断る。仲間を差し出すわけねぇだろ」
「『絆こそ正義』。キミたちの家訓だっけ」
「よく知ってんな。だったら――」
「身内以外を傷つけていい理由にはならない」
「あ?」
「ちょっと痛いけど、あとでブルーにつんつんしてもらうから」
 女の前蹴りが、ダイゴのどてっぱらにメリこむ。
「なっ!? に、をぉぉぉぉ!?」
 ダイゴは言葉の意味をわからぬまま宙を飛び、自然公園の池に頭から突っこんで動かなくなった。

 黒特攻服たちは、女強盗達が只者でないと理解し、本能的にあとずさる。その中で一歩も動じぬ銀髪の少年がいた。
「あんたが、キクノスケ?」
 今度はピンク強盗が歩みを進める。
「そうだけど」
「元の世界に送り返す」
「……!!」
 キクノスケの瞼が痙攣したように細かく振動する。明らかな動揺が見て取れた。
「元の世界? ここが俺の世界だよ」
「大人しくしてたら、そうなってた。例えばツララを自分のケツに刺して気持ちよくなるとかね」
「……」
「でもやりすぎた……観念しな、ファック野郎!」
 ピンク強盗が中指を立てるのと、キクノスケが放り投げるように右手の指先を前に突き出すのは同時だった。
「あひ」
 結果、ピンク強盗は情けない声をあげ、全身が分厚い氷に覆われた氷像と化した。黒強盗が頭を抱える。
「あっちゃ~。調子に乗るから……」
 キクノスケはゆっくりと黒強盗に向き直る。
「ここが俺の居場所だ。誰にも奪わせはしない」
「他者の尊厳を踏みにじった自己中人間に、居場所を主張する資格はないよ」
 黒強盗が紫の棒を肩上まで振り上げ、キクノスケが指先を突き出す。
 今度もタイミングはまったく同じ。
 ……だが結果は違っていた。
「がっ……」
 キクノスケの首を、太いロープ状の物体が締め上げる。黒強盗が紫の棒をムチのように変形させて巻きつけたのだ。
「ピンキー、返送」
「はい」
 強盗の静かな怒りの声に、ハイエースのカーナビが応答。ハイエースは自動運転システムが搭載されていたのだろう、ひとりでに急発進・急加速する。そして――
「キクノスケぇっ!」
 黒特攻服たちの叫びをかき消し、鈍い激突音が夜の公園に響いた。ハイエースに轢かれたキクノスケは、土をえぐって回転しながら吹き飛ばされ、やがて動かなくなった。
 静寂。
 事情はまったく呑みこめないが、俺はこのままキクノスケの死を願った。これでようやく……
 いや、それが甘いことは知っている。キクノスケは立ち上がってしまった。その全身は薄っすら白い。氷を張り巡らせ、衝撃を防いだのだ。これでヤクザの銃撃を耐えたこともあった。
「んーっ、ふーっ……」
 痛みを抑えこむように深呼吸しながら、キクノスケが口元の鮮血を拭う。黒特攻服たちは希望に湧きたつ。
「そうだ、キクノスケはここからが強ぇんだ!」
「氷の地獄を見せてやれ、キクノスケ!」
「ぶっといツララをあいつの股にぶちこんでやれ!」
 だがここまでだった。キクノスケの全身が淡い光に包まれる。
「っ……!」
 何事かと手足を見るキクノスケ。その肉体は光る粒子に分解されていく。
「あ、や……」
 そして粒子は天に上り、
「い、いやだぁぁぁっ!」
 キクノスケが俺たちに見せた、最初で最後の絶望。大きく目を剥いたその表情は完全に粒子へと分解され、夜空に上っていく。やがて粒子は蛍の灯火のように薄っすらと消え、見えなくなった。

 黒特攻服たちは言葉にならない叫びをあげ、蜘蛛の子を散らしたように公園から逃げ出していく。だが走っていく方向からパトカーのサイレンが近づいてくる。
 亜成會はもう終わりだ。俺はじわじわと湧き出てきた解放感を噛みしめる。犯した罪はあまりに多く、大きい。それが許されるわけではない。だがもう重ねる必要はないのだ。目頭に熱いものが溜まってくる。
 と、黒強盗が手を肩に置いてきた。
「怪我は?」
「あ、いえ、ないです」
 もう片方の手にも方が置かれる
「無事でなによりです」
 手の主はピンク強盗だ。キクノスケが死んだ(?)ことで、氷が溶けたらしい。
 黒強盗が目出し帽を取る。黒い長髪がさらりと宙で踊った。切れ長の目からイメージした通りのクールそうな美人だ。
 続けてピンク強盗も素顔を露にする。一見幼い顔つきだが、瞳には強い闘志のようなものを感じた。髪までピンクなのは少し驚いた。
「念のため、あなたのお名前を教えていただけますか?」
「お、俺は……」
 そっちが先に名乗れよと思ったが、機嫌を損ねたくないので従った。
「俺は、森川イチロー・・・・です」
 ふたりは「やはり」とでも言いたげに顔を見合わせる。黒強盗のほうは「そっかぁ……」と、どこか悲し気に呟いた。
 だがそう思うに至った状況が呑みこめない。そんな俺に、ふたりの強盗は事の経緯を話してくれた。それでも完全な理解にはほど遠かったのだが……とにかく発端は1年前、2023年の春であったという――

                 『小説ですわよ』第3部
~尻穴奉仕命令 宇宙に優しいギャルメイド VS 特異点アルバイター~

つづく。