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小説ですわよ第2部ですわよ6(完)

 2023年 3月28日(火)  08:15。
 舞とイチコは岸田に見送られ、事務所の2階から外階段を降りる。桜は先週開花したが、まだ春の朝は冷える。手をさすりながら舞はイチコに訊ねた。
「ウィル・スミスのビンタ、見ました?」
「見た見た、すごいねぇ!」
 階段を降り切ったところで、イチコがいたずらっぽく笑って振り向く。ふたりがピンキーへ近づくと、舞がキーレスを押さずとも自らの意思でドアが開いた。
「おはようございます。例のビンタの威力は、アントニオ猪木氏のものに匹敵すると推測されます」
「おはよ、ピンキー。猪木並か~」
 今日はイチコが運転担当だ。ふたりが席につくと、カーナビに返送者を意味する赤い丸が表示される。

 ――いつもの日常が戻っていた。
 新年会で愛助は念願のコロッケそばを食し、感動で頭がショートした。マサヨは焼酎と日本酒のチャンポンで泥酔。蕎麦湯で割るのが気に入ってグビグビ飲んでいた。モヒカン渡部は大将と意気投合し、蕎麦をレシピを授かった。ついでに自家製の漬物をもらっていた。それから渡部が潰れたマサヨたちを引きずり、アヌス02へ戻っていった。マサヨと愛助は綾子からミニ浣腸型の魔具をもらい、いつでもこちらと行き来できるという。だが向こうの世界に根を張り、復興を手伝うそうだ。正月、ゴールデンウィーク、お盆、クリスマスには、こちらへ顔を出すと言っていた。
 珊瑚は高校の冬休みが終わり、バイトに入るのは夕方と土曜の午前中だ。今は春休みだが、今日はたまたま午後からの出勤となっている。来年の受験に備え、シフトを減らすかもしれないらしい。

 そんなわけで基本的に、仕事は舞とイチコのふたりきりで始まる。いや、“あとふたり”いた。心を得たピンキーとMMが朝の会話に花を添えてくれる。
「イチコ様、水原様、ピンキー、行ってらっしゃい。私は寂しくお留守番です……」
 MMがライトをパッシングさせて感情を表現する。
「お昼から七宝さんが乗ってくれるから、それまでの辛抱だよ」
 舞がなだめると、MMはクラクションを小さく鳴らす。
「じゃ、出発しよう。今日もよろしくね、水原さん」
 イチコが拳を突き出してくる。
「こちらこそ、よろしくです」
 舞は重ねようとした拳を寸前で止めた。
(もう“水原さん”呼びで定着しちゃったなあ……)
 イチコが首をかしげたので、舞は慌てて拳を重ねた。それを見計らい、ピンキーが自らエンジンを唸らせる。この一連が正月以降のルーティーンだ。

 道路へ出るため、通行人が過ぎるのを待ちながらイチコが切り出す。
「あ、あのさ、水原さん……なんていうか、ハハ……」
 珍しく言葉を詰まらせている。声も小さくトーンが低い。芸能スキャンダルの話題でないのは明らかだった。
 通行人が去り、イチコはピンキーを発進させる。が、すぐにブレーキを踏んだ。舞の身体がつんのめる。隣のイチコにどうしたのか聞くより先に、前方に視線が及ぶ。
 桜の花びらを巻きこんで、小さな竜巻が起こる。ピンキーの窓がビリビリと震えた。そして竜巻が静まり、桜の花びらが空へ散っていく。
「あ……!」
 イチコが青ざめる。
 花吹雪に、長いツインテールとゴシックな服の白いヒラヒラが揺れる。
 メイドである。
 小麦色の肌に金髪の、メイドである。
 メイドが腕を組み、仁王立ちでピンキーの前に立ちふさがっていた。

「我はメイド。宇宙に優しいギャルメイド。宇宙お嬢様に仕え、全マルチアヌスの宇宙秩序を守護する者」

 春の奇妙な出会い。しかしそれが別れの始まりでもあると、舞は感じていた。

第2部『時給之世界≪アルバイター・ワールド≫』 完