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『小説ですわよ』第13話(完)

※↑の続きです。

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 先月、自社の職員を脅迫した疑いで、警察は株式会社エメラルドアクティブの社長、神沼 蓮 容疑者を逮捕しました。
 神沼 容疑者は批判的な社員に対し「野グソしている写真をばらまくぞ」「このことをバラせば訴える」などと脅した疑いが持たれています。
 また警察は、神沼容疑者が開催した講演会の出席者約100名が行方不明になっている件についても、同容疑者が関与しているとみて調べを進めているとのことです。
 神沼 容疑者は“神汁王子”として主婦を中心にカリスマ的な人気を誇り、今月26日に行われる、ちんたま市長選に出馬予定でした。
 ちなみに脅迫を受けた社員は実際に野グソをしており、軽犯罪法違反の疑いで書類送検されています。
(22年 12月23日 金曜日 テレビちんたま昼のニュース番組より)
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 舞とイチコは、いつもの蕎麦屋で料理を待つ。テレビから流れてくる神沼逮捕のニュースに、舞は驚きを持たなかった。綾子と軍団たちの調査によって、宝屋が隠蔽してきた神沼の罪の数々が表沙汰になり、逮捕されるであろうことを事前に知っていたからだ。本当は自らハイエースで轢いてやりたかったが、あれは異世界に送っても執念で絶対に戻ってくる。そういう男だ。ならばブタ箱にぶちこんでおいたほうがいい。
「異世界に飛ばされた人たち、戻ってこられて本当によかったです。でもどうやったんですか?」
「あれ、聞いてなかったっけ」
「社長、しばらくお休みでしたから」
「そっかそっか。別の世界から人間を召喚する魔法を応用して、呼び戻したんだって。だけど100人以上を、この世界に召喚するのは凄く体力を消耗するから、姐さん今週いっぱいは休むそうだよ」
「あの人、すごいんですねえ」
「細木数子になろうとしなければ完璧なのになあ」
 舞とイチコは顔を合わせて、ケタケタ笑う。

 そこへ大将が料理を盆に乗せて運んできた。イチコはいつもの肉蕎麦&半カレー、舞は鴨南蛮だ。
「姉御、具合が悪いんですかい?」
 大将が料理をテーブルに置きながら、心配そうに言った。
「ううん、疲れてるだけ。いつも通り、新年会でこの店を貸し切らせて欲しいってさ」
 前にイチコから聞いたのだが、この店は昼間は大衆向けのランチメニューを提供し、夜は“蕎麦屋呑み”が好きな人向けに営業しているそうだ。
「そりゃありがたい。あ、そうだ!」
 大将が店の奥へ振り返る。
「白菜と大根をたくさん漬けたんで、姉御に持っていってください。よければ、味見します?」
 イチコは顎に手を当て、気まずそうにする。
「あー、いや、味見は……」
 舞はイチコの言葉を遮り、テーブルから身を乗り出す。
「よろしいんですか!? ありがとうございます! ではお言葉に甘えて!」
 イチコはこの世界の人間でないことを理由に、探偵社以外の者からの厚意を遠慮する傾向にあった。
「水原さん、私は……」
「元の世界に戻ったとき、お漬物を食べなかったこと後悔したくないでしょ?」
「そうだけど……」
 事情が飲みこめずキョロキョロする大将に、舞は「すみません、お願いします」と会釈した。
「あいよ! 先に食べててください!」
大将はイチコたちに漬物を食べてもらえるのが嬉しいのか、早足で店の奥へ向かっていった。

 舞とイチコはそれぞれ手を合わせ、「いただきます」の声を重ねて料理に手をつける。
「水原さん、今日は鴨南蛮なんだ」
「ええ。前から気になってて」
「ひょっとして肉蕎麦とカレー、あんまり好きじゃなかった?」
 イチコが申し訳なさそうに眉を八の字にする。
「好きですよ。でもメニュー開拓したかったんです」
 イチコは、これも異世界人――つまり異物は、この世界の料理を必要以上に消費してはいけないという理由から食べるものを限定していた。肉蕎麦、カレー、菓子パンくらしか食べているのを見たことがない。舞はそれを承知で、あえて鴨南蛮を頼んでみせた。
 イチコは思うところがあったようだが言葉には出さず、いつも通りカレーから口にしはじめた。
 舞は鴨南蛮の麺をすすり、ツユを流しこむ。鴨肉の脂が混ざり、普通の肉蕎麦よりもマイルドな味わいだった。続いて鴨肉とネギを同時に口へ運ぶ。鴨肉がホロホロと溶けて旨味が溢れ、ネギを噛むと甘味が飛び出す。
 イチコのを見ると、赤ちゃんのように親指を咥えて羨ましげにしていた。舞はからかうように聞く。
「ちょっと食べてみます?」
「いやいや、私はそんな!」イチコは首をブンブンと横に振る。
「イチコさんに食べる資格はあると思いますよ」
「えっ?」
「たくさんの人を救ってきたでしょう?」
「……!」
「無理強いはしません。だけど食べたかったら、食べていいと思います。元の世界に帰るまで、イチコさんはこの世界に確かに存在していた。私を、みんなを救ってくれた。あなたは今、ここにいます」
「水原さん……」
「大体、イチコさんと私は、加トちゃんケンちゃんでしょ? 遠慮なんかされたら、ごきげんテレビできないですよ」
 意味不明な理屈だが、これがイチコに一番響いたようだ。目を丸く見開いている。
「そうだね。じゃあ、鴨肉もらっていい?」
「どうぞ」
 舞はイチコが取りやすいよう、鴨南蛮のどんぶりを差し出した。イチコが箸で鴨肉をつまみ、おずおずと口へ運ぶ。そしてゆっくりと咀嚼する。
「んん~~~っ!!」
 イチコは頬が紅潮させ、丁寧に咀嚼して飲みこむ。
「うまいっ!」
 そしてイチコはカレーを一気にかきこんだ。
「カレーとも合う! ああっ、なんでこんな最高の組み合わせを無視してたんだ!」
「ツユも、肉蕎麦とちょっと違いますよ」
 そう言って、テーブルに備え付けられたレンゲを差し出す。イチコはレンゲをひったくって、鴨南蛮のツユを味わう。
「ああっ、これは……いい!」
 イチコはサウナ上がりのオヤジのように低い声でうなり、親指を立てる。舞は目を細めた。

 そこへ大将がタッパーと小皿ふたつを、盆に乗せて戻ってきた。
「まずはこちら、姉御への差し入れです」
 舞が受け取った。そして大将が小皿に乗った白菜と大根の漬物を、テーブルに置く。
「よろしければどうぞ」
「ありがたくいただきます!」
 早速、舞は白菜と大根をひとかけらずつ食べる。シャキッとした食感と、爽やかな味わいが、口の中をサッパリさせてくれた。
 イチコもおそるおそる漬物を食べる。舞と同じような感想を抱いたのだろう、満面の笑みを浮かべた。釣られて大将も笑顔になる。
「よかったです。イチコさん、漬物は苦手なのかと」
「いや、ハハッ。食わず嫌いっていうのかな。ありがと、大将!」
「こちらこそ、ありがとうございます。あ、いらっしゃいませ」
 新たな客が来たので、大将は頭を下げると応対のため席を離れていった。舞とイチコは料理が冷めないうちに、残りをささっと胃へ放り込んだ。

「ありがとうございました!」
「またくるよ、大将!」
「おいしかったです!」
 舞とイチコは別々に会計を済ませ、店を出た。木の戸を開けるガラガラという音が心地よかった。
 雪がちらちらと降っている。湿り気があるので、積もることはなさそうだが、路面が凍結して面倒なことになりそうだ。
「午後は2件ですね。急ぎましょう」
「ハハッ」
「イチコさん?」
「雪って、私がいた世界にも降るのかなって」
「どうでしょう。だけど降ったら楽しいですよ」
「寒いし滑るし、最悪じゃないの?」
「雪合戦できるし、かまくら作れるし、楽しいじゃないですか」
「そういえば5~6年前、大雪のとき探偵社のみんなと雪合戦したなあ。姐さんが本気出して雪崩起こそうとしてさあ」
「あの人、マジ小物ですね。今年も雪積もらないかな」
「そうだね……うん。積もってほしい」
 イチコが拳を突き出してくる。
「午後からもよろしくね、水原さん」
「こちらこそです、イチコさん」
 舞は自らの拳を、イチコに重ねる。かじかんだ手は痛かったが、心は温かくなった。

 ふたりが駐車場に停めたハイエースへ歩き出そうとしたとき、ひとりの人物が立ちふさがった。その顔は般若の面で隠されている。男が積もりかけの雪を踏むと、水と土が混ざって弾けるイヤな音がした。
「待て! 俺の名はkenshi。この世界を地獄に変える者!」
 その声はボイスチェンジャーで変えられており性別も年齢も分からない。そしてkenshiを名乗る者が、般若の面を外す。
「お前はっ!?」
 イチコと舞の声が重なる。
 仮面を外したkenshiの素顔は――

『小説ですわよ』第1部・ラモス瑠偉編 END