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【カサンドラ】 43. 手紙

ゴミを処分した一件の後、しばらく両親と連絡を絶っていたが
年末調整が近付くとどうしても必要な書類が実家に届くので
やり取りをせざるを得ず、父親にメールをした。

すると用事ついでに、祖母が体調を崩しているという返信が来た。
90代になる祖母は、父の姉の自宅に引き取られ晩年を過ごしていたが
子供達が独立してから長年、ひとりで生活をしてきたためのストレスなのか
同居して数年で認知症の症状が出始めたという話だった。

必要があっての連絡なのだけれど
父からメールが来ると、またあの黒い塊が疼き出し
反抗期の子供のような返信をしてしまう自分を止められずにいた。


この連絡があった半年後、今度は祖母が危篤だから病院に来てほしいというメールが来た。
それを見た私は神経がカッとなり、体内から火が出るほどに燃え滾る怒りが爆発した。
なぜなのか、理由がわからない。
父からのメールを見る度に呼吸が乱れ脈が早まり、頭に血が昇るのだ。
抑えられない怒りは暴走し、気が付けば「その連絡はもう要らない」と即レスしていた。

祖母が嫌いなわけではなかった。
だけど、日常的に母から愚痴を聞かされ続けてきた私は同調することしかできず
私自身は祖母を好きなのか、嫌いなのかさえもわからなくなっていて
親族の誰が亡くなっても、いつも悲しいという感情が沸かなかった。
そしてそれは、自分が冷酷な人間だからなのだと思っていた。

この連絡を受けた時も、悲しいでも驚くでもなく
もはや自分が何を感じているかさえわからなかった。
ただ、父親への怒りが止められず
だけど何に対して怒っているのかもわからず
ひたすら自分が入力したその文面を見返し、自分を疑った。
激しく肩を上下しながら落ち着くのを待っていると
父親から返信が来た。


「お前を見くびっていたようだ。」
お前。と、父に言われたのはこれが初めてだった。
よく覚えていないけれど、病院に来ないのならこちらにも考えがある、ような内容だったと思う。

その返信を読み呆然としていると、どこからか祖母の声が聞こえてきた。
頭の上といえば頭の上、私の体内といえば体内から
はっきりと言葉になっていたのではなく、どこからともなくメッセージを受け取ったという感じだった。

「お父さんに、あの話をしなさい。」

あの話、と言われて
先日のゴミの一件の後、父からの返信を見て私が感じたことだと直感した。


私は湧き上がる言葉をそのまま打ち込んだ。
幼い頃から実家を出る日まで、母に数日間無視されることがあったこと
友達の容姿を馬鹿にされても、反発できなかったこと
父とその家族を馬鹿にされるのが嫌で、私は父の生き様を肯定する生き方をしてきたこと
祖母の悪口を聞き続けてきたこと
恋愛をする私は汚いと言われたこと、下着を洗ってくれなくなったこと。

メール3通に分けたほどだから、相当な文字数だったかと思う。
私はぐったりして、スマホの電源を落とした。

それから数日後、今度は父親から手紙が届いた。
ポストの中にぽつんと無機質に落ちていたそれを乱暴に抜き取り、駅まで歩いて、
手に持ったまま電車に乗った。
数ヶ月振りに化粧をして髪を縛り、着るものを選んだ、土曜日の夕方。
人もまばらな座席を辿り、幸せそうな家族連れの向かいに腰を下ろして
先程の手紙を開いた。


最後に訪れてから4年は経過しているので、あのまま営業しているかわからないけれど、
久しぶりに二子玉のあの店に行こうと思って家を出た。

だけど途中で進路を変えた。


溝の口から南武線に乗り、武蔵小杉で横須賀線に乗り換え、鎌倉駅に着いたのが18時頃。
ホーム内のキヨスクでライターを5本購入し、
その後駅のスーパーに立ち寄りキッチン用品の売り場で買い物を済ませてから
タクシーで十二所を目指した。

父の手紙には、
「ママは虐待していたわけではない」という文字があった。
罪悪感は感じていないこと、そしてやはり
あの人を庇う文面で埋め尽くされたその紙切れは
パンパンに膨れ上がり、脈のようにいくつもの筋が走る私の感情を
パチンと簡単に切断させた。


Phantasmagoria - 幻想曲〜Eternal Silence〜

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