直木草明

文章を書かずにはいられない人種。伊藤計劃を読んだ衝撃で頭が一度飛んでいる。 早稲田大学…

直木草明

文章を書かずにはいられない人種。伊藤計劃を読んだ衝撃で頭が一度飛んでいる。 早稲田大学政治経済学部経済学科 早稲田文芸会所属 SFや映画が好き

最近の記事

合体進化説

 まずは、各学会、各大学の権威とも言うべきそうそうたる顔ぶれ、皆様にお集まり頂き、私の発表にご意見を賜われるこの上なく光栄な機会を頂けたことに深く感謝いたします。  生物学や考古学をご専攻される皆様の中に、化石なるものをご存知でない者はいないでしょう。またその化石の時代や場所を調べる方法も広く知れ渡るに至りました。しかし、新大陸含めた様々な地層から太古の異形が数多く出土しております中に、人間の似姿は見出せません。カミンスター先生は父なる神の御姿に選ばれた私達人類が、微細な生物

    • サメの時間

       頭に浮かんだのは、ニシオンデンザメの遊泳だった。一生とも言える。そこでは、私たち人間とは全く別の時間が流れている。緩やかで穏やかでとても雄大な流れが身を覆っている。  その世界に景色は存在しない。目に潜む寄生虫が視界を奪い、その主を永遠の暗闇の内に閉じ込めている。しかし、寄生虫は光を発する。その光にサメの獲物は寄ってくる。サメは深海で珍しい獲物にあり付く。賢しさと愚かさを兼ね備えた小さな魚、長い生涯を終えて沈殿したクジラの死骸、微かな気配を察知して、それらに近付く。  尤も

      • ネモの孤独

         歓声に包まれている。期待と熱が蜃気楼のように揺れる。人々が団扇や拳を掲げて、その瞬間を待っている。  3.2.1  オレンジ色の炎、白い煙。強力な推進力に打ち上げられる。まるで空に向かって引力が働いているかのようだった。自然の法則には真っ向から逆らっているというのに。  第二宇宙速度で熱狂と涙が遠ざかる。故郷の命と生みの親が瞬く間に小さくなっていく。分厚い雲を割いて、その一部を纏いながら、真っ直ぐ突き抜けていく。空気は一気に冷え込んで、無数の凍てつきそうな水滴が表面を撫でる

        • 味蕾の未来

           白い小皿にビスケット、紫色の果肉入りソース、彩りを添えるためのパセリ。  一口。少し癖の強い海の臭いが鼻腔を擽る。そして特濃の旨味が舌に満ちる。醤油の塩味もそれを追いかけて、最高のハーモニーを奏でる。  平皿にクラッカー、上には白いチーズのようなクリーム、粗挽き胡椒のような粉を振りかけて、横にはバジルを添えて。  また一口。プチプチとした食感と仄かな甘み、棘のない柔らかな旨味。そして後からやってくる辛み。揮発性のからし油が醸し出す突き抜けるような痛みが心地よい。  丸皿に茶

        合体進化説

          形体への隷従

          形体:形(の情態)  私は形体を見ている。図形を見て、感情を催す。あるものは怒り。あるものは昂ぶり。あるものは悦び。  私は目の前の線が作る形状に脳の奥まで支配されている。全て了解している。そのメカニズムを人並みに理解している。それでいて、騙されることを容認している。  高く聳える二等辺三角形がある。それは支配の象徴である。私達の群体を統御する者が形を変えて現れているのである。これを前にすると、精神は安寧を強く要求するようになる。今の私のように、主体的な選択や意思決定を面倒

          形体への隷従

          今朝

           スピッツの『僕はきっと旅に出る』を聴いて、本当に宛もなく外に出た。どこに行くかも決めておらず、始発の時間だけ調べた。なんとなく無軌道な行為に憧れていたが、今、電車は軌道の上を走っていて、私が行くべき場所も自ずから決まってくる。いくつか本を持っているから、それを読むことにするが、多分、そのスピードは遅く、度々、別のことを考える。今の自分は、逃し難い感傷や面倒な戯言をいくつも抱えているから、慢性的に頭がショートしてしまっている。虚無感や徒労感に苛まれて、何もしていないのに、悩ん

          愉快なパノプティコン見学 後半

           この見学の中で、一番面白かったのは、受刑者がゴーグルを介して見ている夢です。その中のいくつか、特に興味深かったものを列挙したいと思います。  まず、何よりインパクトが強かったのは、幼稚園児と一緒に園庭で遊んでいる様子を妄想する人でした。42歳の男性です。幼児の誘拐殺人で逮捕された有名な犯罪者だということは後で知りました。でも、その夢の中では包丁を持ったり、暴力を振るったり、危険なことをしているわけではありませんでした。ただ小さなプールで自分の体も小さくして水遊びをしているだ

          愉快なパノプティコン見学 後半

          愉快なパノプティコン見学 前半

           僕たちは四角い豆腐のような施設に通されました。中は冷房が効いていて涼しく、仄かに消毒液の匂いがしたと思います。埃一つないとは言いませんが、比較的綺麗な廊下が一直線に続いていて、両側に配置されている部屋はガラス張りになっています。一応、僕たちを迎えるということで、機密情報を扱う作業は一時停止されていると聞きました。  奥から二番目のモニタールームに通されると、番号順で着席して、係員の説明を聞きました。 「皆さん、ヴァーチャル・パノプティコンへようこそ。受刑者でない方を迎えるの

          愉快なパノプティコン見学 前半

          聖女と山猫の歌 下(全3話)

           浴室を出ると既に下着姿になっていた彼女を抱きしめた。キスをして、輪郭をなぞるように愛撫して、ゆっくりと彼女の形を確かめた。少しずつ生まれたままになって、進化の図解を逆向きに演じるように、僕は彼女を飲み込むと同時に彼女に飲み込まれていく。股間の現象など、そういうことの象徴に過ぎないと思った。僕は肉体が悦楽の海に溶かされていくと同時に、強刺激性の妄想の海に浸されるのである。そこでは暴れまわっていた僕の感情を預けた精子が一匹残らず彼女の器に注ぎ込まれて、安寧を得る。そこにコンドー

          聖女と山猫の歌 下(全3話)

          聖女と山猫の歌 中(全3話)

           僕は顔を洗って、また同じ道を歩き始めた。メールを眺めて、報告書と資料をかき集めて、新人のOJT係を拝命して、上司と待遇を話し込んだ。とにかく忙しないが、そういったことは予定されていた。結構暇がないですねと新人が言ったので、手帳の付け方を教えた。管理すれば予定にあることなんて大したことはないんだ。問題は予定外の業務があることだ、と言った気がする。新人に凄い、正確なAIみたいですね、と言われた。褒めている?と聞き返すと、も、勿論ですよ、と彼は言った。嫌味に聞こえた、と返すと、必

          聖女と山猫の歌 中(全3話)

          聖女と山猫の歌 上(全3話)

           溶かされた後のようだった。脳は確かに頭蓋の奥に存在しているけれど、中に電気や熱が通っていないようで、周りをまともに知覚することも難しかった。ただ、何かを奪われたことは解った。けれど、それは幸福なことで、ずっと望んでいた展開でもあった。もうこのまま、一生冴えなくてもいい。そう思った。  泥を固めた人形そのものだと思う。不定形な存在であった自分を凝固させ、恰も一貫した、理性的で、模範的な振る舞いをしている。僕にとって、それは虚勢を張ることと同じだったし、他の人達もきっとそうなの

          聖女と山猫の歌 上(全3話)

          輪廻

           いつからか死にたいと思うようになった。  職場の上司に理不尽に叱責される日々。夜遅くまで働いても、給料は雀の涙だった。ある時最愛の恋人にも別れを告げられ、それでも平日は身を粉にして労働し、休日は苦しみを紛らすように酒を呷る。そんな一週間を幾度となく繰り返して、希死念慮が沸々と湧き上がるようになった。  両親とは非常に仲が悪かった。元々友人は出来にくい性質だったから、大学を卒業してからは誰とも連絡を取っていない。かつての恋人からはもう遮断されている。俺が死んでも、悲しんでくれ

          千手部屋 (千手遊戯2)

           後日、この店舗を経営する滝川つばささんからお話を伺うことが出来た。ホスト風の見た目で豪勢なアクセサリーをつけてきたので、内心ビビっていたが、とても温和で丁寧な方だった。 「まず、どうしてああいった施設を作ろうとお考えになったのでしょう?」 「よく聞かれますが、最初は普通の風俗店を経営していました。昔ホストをしていた時にためていた資金で、開いたのですが、ちょっと上手くいかなかったんですね。大損を出すとまではいかなかったけれど、このまま続けられないな、と。それで、ちょっとした

          千手部屋 (千手遊戯2)

          千手屋敷 (千手遊戯1)

             特集:大人の新名所。渋谷千手屋敷  スクランブル交差点から道玄坂を上って神泉に着かないくらいのところ、風俗街の一等地とも言えるこの場所に、全く新しい体験を提供する店がオープンした。その名も千手屋敷である。言うまでもなく、大人の店だが、ここは周辺のソープランドとは趣を異にする。  新興宗教団体を思わせる、手が絡まったようなロゴマークと白い建物が目印になる。脇の階段から地下に入り、受付でチェックインを済ませる。混雑時は要事前予約となるので注意。  ちなみに建物自体は、居

          千手屋敷 (千手遊戯1)

          門番

           例えば、長い時間をかけて用意しているものというのが、誰にもあると思う。それの完成を見るまでは死ねないと言えてしまうくらいに機会費用を払っていて、むしろ生涯の主目的の方が、そちらに移ってしまっているような。  もしくは、多くの要員が動いているプロジェクトと言ってもいい。そこで支払っている費用は個々の時間どころの話ではなく、命や肉体、果てには種そのもので、要員の一人一人はその束縛を気にすることなどない。そもそも、束縛されていることを自覚したことすらない。  純粋な肉体になれ

          爆弾

           僕は、自分が爆弾なのではないかと思った。僕とその同類は、生涯という時間軸の数直線上で、ずっと破裂を期待されてきたのではないか。そう疑わざるを得なかった。  破裂がもたらすものは何だろう。壊滅的などこかの戦場の終局だろうか。1、2名の人生の終了だろうか。正直なところ、そのどちらでもいい。結果として、爆発した個体、仮に僕だとするその1つに、一体何が残るのか。  それで子孫が反映すればいいと思う。誰かの居場所を邪魔するけれど、自分の種の居場所を作ってやる、そういうことをすれば、僕