芸術新潮 2024年3月号 「わたしたちには安部公房が必要だ」

雑人、雑兵の僕には雑誌ぐらいがちょうどいい。
集中力を欠いていても、完食しなくていいのがいい。
つまみ食いならまかせておけ。
安部公房は、高校生の頃に出会って以来、ずっと精神的な父とも慕う作家だ。
もちろん不肖の息子であり、御本尊はいい迷惑だとは思うが。
安部公房の作品は、そのほとんどが今でもくっきりとイメージを刻んでいる。
『砂の女』、『燃えつきた地図』、『他人の顔』、『壁』、『棒になった男』等々。
もちろん、ファンだから、安部公房スタジオの演劇や、勅使河原宏の映画などを何回も観ているから、当たり前といえばそうかも知れないが。
大江健三郎もずいぶん読んできたが、大江の小説は残念ながらあまり印象が残っていない。
どういうストーリーだったか思い出せる作品はほとんどないに等しい。
そこが二人の大きな違いだ。
と書いてきて、ここらで読む前に書くのはやめる。
ひとまず、読んでから書くことにしよう。/

〔石井岳龍監督インタヴュー「映画『砂の女』は、もはや世界遺産です」〕:

【ー実際安部さんに会われて、どんな印象を持たれましたか? 
 (前略)安部公房さんといえば、セルフレームの大きな眼鏡がトレードマークですが、その日はチタンフレームで髪は短め、ラフな背広を着て、首からピルケースをぶら下げていました。靴下がちぐはぐだったのを強烈に憶えています。ご本人はまったく気にされていないようでしたが。】/


「キーワードでひらく安部文学の扉」(鳥羽耕史):

【「世紀」や「現在の会」の会合の中で、安部はシュルレアリスムならぬ「サブリアリズム」という言葉をしばしば使っていたようです。現実を上から超えていくのが超現実(シュルレアリスム)だとすると、現実の底を潜り抜けてゆくようなリアリズムがサブリアリズム。】/

「いま読みたい 安部公房ブックガイド10」(近藤一弥):
『砂の女』誕生のきっかけとなった一枚の写真との出会いが語られている。

【〈ぼくがあの写真を目にしたのは(中略)弘前の大学での講演旅行の途中だった。車中での暇つぶしのために買った週刊誌のページをめくっていると、とつぜんその写真が閃光のようにぼくの内部を照らしだし〉】/

【安部公房が箱根に移った頃、私は大学生だったのですが、当時はテクスト主義の全盛時代。従来の作家論的あるいは意味論的な読み方ではなく、作者の人生や意図とは切り離してテクストそのものと向き合うという態度を、叩き込まれました。しかし、安部公房の部屋に出入りして感じたのは、なんだ部屋そのものが作品なんじゃないか、作家自体がテクストなんじゃないかということ。】/


再録〔安部公房フォト&エッセイ「都市を盗る」〕:
これが今回のお宝だ。
「芸術新潮」の1980年1月号〜1981年12月号までの24回にわたって連載されたものだが、一冊分にはボリュームが足りず単行本化されていない。
この五回分が本誌に再録されている。/

【「証拠写真」:(前略)数年前にはアメリカで若い建築家による「歌舞伎町」という展覧会がひらかれたほどの評判なのである。去年来日したロブ=グリエも例外ではなかった。やはり歌舞伎町に彼なりの幻想を重ね合わせてしまったらしい。そのとき変ったプランが持ち出された。ぼくがこの町の写真を撮り、彼がそれに文章をつけて、本にしようというのである。

ー中略ー

さいわい注文がもう一度繰返されていて、内容に微妙な違いが読みとれた。ただの写真ではなく、「証拠写真」という言葉が使われていたのである。その証拠を彼なりに再構成して、探偵小説を書いてみたいというわけだ。】(「都市を盗る⑧」)

この文章の後段が「読書」とつながった。
僕たちは、詩や小説を読むときに、証拠(与えられた文章)を自分なりに再構成して、詩や小説を書いているのではないか?/


「写真と安部公房 メビウスの輪を歩く人間」(平野啓一郎):

【「(前段略)そこに記録された人物は、存在したかもしれない人物ではあっても、まだ確実に存在を保証されたわけではない。ひとはそこからまったく別の人物像をつむぎ出すことができる。その人物像は、想像力の延長であり、つまりは自分の分身にすぎないのだ。」(「都市を盗る⑤」)】

そう考えてくると、この文章も、読書についての話のような気がしてくるのである。/


本誌を読んで興味を持った作品:
◯映画『箱男』(石井岳龍監督)
◯石ノ森章太郎「人魚伝」(『石ノ森章太郎萬画大全集 霧の彼方より』
◯安部公房初の本格的写真集(刊行予定)
◯『安部公房ー消しゴムで書く(仮)(7月刊行予定)/

特集のページ数は56ページ。
いずれにしても、安部公房ファンならいろいろと示唆や啓示が得られるのではないか?公房ファン必携アイテム。

では、「怠けものたちは雀狂をめざす」ということで。

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