丸谷才一『いろんな色のインクで』

丸谷才一による「書評のレッスン」と書評集➕エッセイ集。
二〇〇五年に出た本なので、取り上げられている本がやや経年劣化してしまっているのが玉にきずだが、丸谷才一の書評、エッセイの魅力が堪能できる。

丸谷との出会いはあまりかんばしいものではなかった。
まず初めに、世評の高い小説『たった一人の反乱』を読んでみたのだが、これが僕にはさっぱり面白くなかった。
それで、しばらく丸谷からは遠ざかっていたが、2022年、高松雄一・永川玲二との共訳のジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』で、めでたく再会。
こちらは、分かったなどとは言うべくも無いが、その豊穣さの一端に触れることはできた。
その後、福永武彦・中村真一郎との共著『深夜の散歩(ミステリの愉しみ) 』を読むに至り、ようやく丸谷の文章の楽しさを満喫することができた。
そんなことで、今回本書を手に取った次第。/


【入門書は偉い学者の書いた薄い本に限る。(略)偉くない学者の厚い本はいけない。】(「偉い学者の書いた薄い本」エーリッヒ・フロム/(略)『愛と性と母権制』)/


【たとヘばロッジは「象徴性」についての章で、フランス象徴詩は二十世紀のイギリス小説に多大の影響を与ヘたが、その特徴は「事物に対する明確な指示性を持たず、テクストの表面できらきらと輝く暗示的意味の配列である」と言つてから、ロレンスの『恋する女たち』のある箇所での雌馬のイメージの使ひ方がどんなに上手かを述べ、「動物を描かせたら彼は天下一品である」と断定する(略)。そして次に、自作『素敵な仕事』の一場面を例に引いて、ロシア・フォルマリズムの学者ロマン・ヤコブソンの象徴性の理論をきれいに教ヘてくれる(じつにさりげない自作の宣伝)。
また「題名」の章では、小説の題はテクストの一部であることから説き起こして、題のつけ方によるごく短いイギリス小説史を書き記す。(略)おもしろいのはこの後で披露される体験談ないし内幕話で、彼の『どこまで行けるか』のアメリカ版は『魂の肉体』といふ題に改められた。原題のままではハウ・トゥ本のコーナーに並べられるとおどかされて、しぶしぶ承知したといふ。さう言へばわたしも、『笹まくら』といふ題はいけないと文句をつけられて、ひどく苦労したものだった。おや、ついうつかり自作の宣伝をしてしまつたか。】(〈「書き出し」から「結末」まで〉/デイヴィッド・ロッジ/(略)『小説の技巧』)/


【恋愛はもともと反社会的な行為であつて、結婚はそれに社会性を与へて公認する代りに、色情の味はひの至高のところをそこなふ。逆に情熱を徹底的に優先すれば、恋人たちは孤立し、秩序に対して逆らはなければならない。この作者は既婚者である知識人男女を描いて、恋愛と社会との対立する関係を鮮明に示さうとしてゐる。】(「『宮本武蔵』以後最も好評を博した新聞小説」/渡辺淳一『失楽園』)/

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