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ショートショート17 ペア

   ペア
 「おはよう~」
と香奈はいつもの待ち合わせ場所で、奈津に手を振った。奈津も
「おはよう~」
と手を振っている。『あれ?』と香奈は思った。奈津の視線が自分の方を向いていないのだ。視線の先を追ってみると、そこには同じ部活のユイがいた。奈津は手を振りながら、右足を引きずりながらユイの方へ向かって行った。無視された。香奈は『昨日のことだ。』とぴんときた。
 
 香奈と奈津はソフトテニス部の一番手だった。二年の新人戦の時からペアを組み、練習試合や市内大会ではほとんど負けたことがなかった。しかし、春の県大会では勝ち進めなかったので、三年になったら春・夏県でベスト8には入ろうと二人で誓った。
 昨日は、香奈たちが三年生になって最初の春の市内大会があった。一回戦二回戦と順調に勝ち上がっていった。だが、二回戦の途中で香奈は足をひねってしまい、時間が経つと共に痛みも増してきていた。奈津に心配をかけたくなかったので、誰にも言わずに我慢していた。     
 
 次のゲームは、勝てば県大会出場が決まる。今までの香奈と奈津のペアだったら、何も心配はいらない相手だ。香奈は、
『痛い。いつものようにプレーできるかな。奈津に守り中心にいくからと言おうかな』何回も同じことを心の中でつぶやいていた。香奈は、市内でも一番の積極的に出て押さえる前衛プレイヤーだ。プライドもあった。
 
「香奈!次で勝てば県大会だね。」
「うん。」
「去年果たせなかった、県ベスト8目指して頑張ろうよ。引退まで大会もあと少ししかないしさ。バンバン決めてね」と奈津が言う。
『とても言えない、痛いなんて』
「うん。奈津も相手の後衛を追い込んでね」
 香奈はつい言ってしまった。
 
プレイボール
『始まってしまった』
 香奈は足の痛みと、奈津の思いが頭から離れず、プレーに集中できなくなった。
 奈津のサーブがいいところに入った。チャンス。そう思って出て押さえにいった。しかし、ラケットをかすってミスをしてしまった。奈津がいいコースに打ち込んでも、やはり決めることはできなかった。どんどんミスを重ねていった。あっという間に最初のゲームを落とした。
 チェンジサイドをするときに、
「ね、香奈。さっきまでのプレーと全然動きが違うよ。どうしたの?」
「奈津、ごめん。大丈夫大丈夫。これから挽回しよう」
 あたしも県大会行きたいし、勝ちたいし、足が痛いなんて言えなかった。
 
 第2ゲームが始まった。自分たちがサービスのゲームだ。落とせない。
香奈も頑張り、奈津のサービスもいいところに入り何とか1対1に持ち直した。3ゲーム目が始まった。このゲームを取るか取らないかでは心理的にも、ゲーム展開でも大きく違う。4ゲーム取れば勝ちなのだ。
「香奈、この調子で頑張ろう」
「うん!」とは言ったものの、だんだんと足の痛みは増していた。
 3ゲーム目相手の最初のサーブがコーナーをつくいいところに入った。奈津は必死に反応した。そのとき軸足の右足をぐきっとねじってしまった。立てないほどの痛みで、タイムを取った。
 
 本部役員の先生方が治療してくれた。タイムの時間ギリギリまで待った。しかし、踏ん張って走れるような状態ではなかった。本部の先生方と顧問の先生とあたしと奈津で話し合い、途中棄権することになった。奈津は声を出して泣いている。
「香奈、ごめんね、ごめんね」と何度も言う。
「気にしないで。あたしの調子が悪かったから無理をしたんだよね。あたしも前の試合で足をひねって痛かったんだ。ごめんね、言えばよかった」
「えっ! 香奈もケガしてたの? なんで言ってくれなかったの? あたしたちペアじゃない。戦い方も考えることできたじゃん!」また、奈津は泣き出した。
「ペアじゃないの!」といわれ、香奈は考え込んでしまった。 

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