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ショートショート23 無口な少年

 無口な少年  寛二君
 明日香のクラスに、学校では、何を聞いてもしゃべらない生徒がいる。教員三年目で初めて出会った。寛二君という。みんなからは「かんちゃん」と呼ばれていた。クラスでの行事や班活動には参加するが、話はしない。だけど一緒に行動するので、クラスメートは別段かんちゃんを仲間外れにすることもなかった。
 困り感があるのかないのかをつかめきれずに悩んでいるのは、明日香先生の方だった。学校を休むわけでもなく、クラスメートと争うこともない。気にかけなければいたって手のかからない生徒だ。しかし、今年はそうもいかない。中学三年で受験を控えているのだ。学力は学年の真ん中くらいだから、高校を選べないわけでもない。問題は、面接だ。その前に、保護者と本人との三者面談もある。準備のためにまず本人と二者面談をして、進学希望の高校とかなぜそこに行きたいのかなど、話して聞いておかなければならない。
 
 明日香先生は同僚たちに
「かんちゃん、何にも話さなかったらどうしたらいいんだろうか」と聞いてみた。
「う~ん。わからん」
「紙に書かせてみたらどうかな」
「事前に保護者に聞いておいて、確認だけっていうのはどうだ」
 確かに家では話すらしいから、その手はありかなと思ったが、自分としては、かんちゃんの口から、自分の進路に対してどういう希望があるのか聞きたかった。かんちゃんの気持ちに入り込みたかった。

 明日は寛二君との二者面談だ。『話してくれるかなぁ・・・』『どうしたらいいんだろう・・・』
 あれこれ悩んで明日香先生は、うなずきもしなかったら、筆談で会話をしてみようと決めた。

 事前にとった進路希望調査をもとに、二者面談を始める。
「寛二君あなたの進路希望表を見ると進学希望でいいのね?」
「・・・・・・」
「あれ? 高校進学に〇がついてるけど」
「・・・・・・」
「おうちの人と話し合ったんだよね?」
「・・・・・・」
 目は合うがうんともすんとも言わない。
「あ~じゃ~、それでよければうなずいてくれる?」
かすかに首が縦にふれたように見えた。『おっ!いいぞ!』

「もう一回きくね。高校進学希望ね」
縦に首がふれた。
「ありがとう。オッケー」思わずそんな言葉が出た。
「普通科の高校希望と書いてあるけど、それでいいのね」
縦に首がふれた。
「行きたい高校は少し学力高めだけど、これから頑張っていこうって気持ちなのかな」
縦に首がふれた。
 こんなふうにやり取りしているうちに、明日香の心の中に、『こんなやりとりで、一人の生徒の進路を決めていいんだろうか』という不安というか疑問というか、教師として無責任ではないかとかいろんな気持ちがわいてきた。

 明日香はこの気持ちを教頭先生に聞いてもらった。
「寛二君ね。話さない子だね。明日香先生の苦労わかるよ」
「ありがとうございます」
「う~ん、そうだね。彼との進路相談は保護者を交えて常に三者面談としたらどうだろう。保護者に相談してみたらどうだい?」
 明日香は早速保護者に電話をした。
「寛二君はおうちでは話すそうですが、学校では話をしないものですから、進路に関するお話は、家庭訪問で三者面談を行うという形にしたいのですが」
「仕事があるものですから、それが終わってからでも構わなければ・・・」
『時間が遅くなるなぁ』と思ったが、寛二君の気持ちや考えを聞きたかったので、そういう形で行うことにした。

 初めて家庭訪問での三者面談を経験した。それよりも驚いたのは、聞いたことに対して、おかぁさんがこうだよね、ああだよねということに対して「うん」「ううん」と答えるだけだったのだ。
『え~!寛二君の思いが見えない。おかぁさんの考えしか見えない!』

 家では話すというのは、うなずくだけだったのだ。親御さんもわかっていると思うが、入試で面談のある学校は難しい。寛二君の希望は寛二君の力より少し高いところが第一希望だった。そして、個人面談のある学校だった。なぜそこを第一希望にしたの聞きたかったのだが、これは、おかぁさんの希望だと感づいた。
 明日香は、面談ではなく作文の学校をさがそう。何校か探して、寛二君と話してみよう。おかぁさんにも話してみよう。家庭訪問が勤務時間外でも、何度でも通う覚悟を決めた。寛二君の将来への一歩を応援したい。


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