2番の影の中で:シベリウスの中期交響曲考 その3(MUSE2019年3月号)

 それではいよいよ3番と5番の間に作曲された4番について、手近な全集CDでの演奏時間を比較してみようと思います。

コリンズ/ロンドンSO(1954年収録)
8:47/3:59/8:48/10:06 計31:40
(27.7%/12.6%/27.8%/31.9%)

渡邉暁雄/日本PO(1962年収録)
9:53/4:45/10:49/9:28 計34:55
(28.3%/13.6%/31.0%/27.1%)

アシュケナージ/フィルハーモニアO(1980年収録)
9:41/4:38/9:26/9:14 計32:59
(29.4%/14.0%/28.6%/28.0%)

ギブソン/スコットランド・ナショナルO(1983年収録)
8:03/4:51/8:42/9:18 計30:54
(26.1%/15.7%/28.2%/30.1%)

ベルグルンド/ヘルシンキPO(1984年収録)
9:39/4:41/9:55/9:57 計34:12
(28.2%/13.7%/29.0%/29.1%)

マゼール/ピッツバーグSO(1990年収録)
12:38/4:23/11:26/11:06 計39:33
(31.9%/11.1%/28.9%/28.1%)

デイヴィス/ロンドンSO(1994年収録)
10:55/4:53/12:17/9:13 計37:18
(29.3%/13.1%/32.9%/24.7%)

オラモ/バーミンガム・シティO(2000年収録)
10:45/4:38/11:30/8:55 計35:48
(30.0%/13.0%/32.1%/24.9%))

尾高/札幌SO(2014年収録)
10:29/4:48/12:24/8:31 計36:12
(29.0%/13.3%/34.2%/23.5%)

カム/ラハティSO(2014年収録)
11:16/4:50/11:46/9:51 計37:43
(29.9%/12.8%/31.2%/26.1%)

 こうして並べて痛感するのはコリンズ盤におけるフィナーレの遅さです。全曲の演奏時間が31分台という速さにもかかわらずフィナーレのタイムは10分以上とトータルタイムが40分近いマゼール盤以外のどれよりも遅く、全曲の演奏時間に占める比率でも32%近くに達しています。他の演奏が多かれ少なかれ交響曲の伝統たる速いフィナーレのイメージから自由になりきれずにいるのに対し、コリンズだけはこの曲を2番同様の歩みの終楽章を持つ4楽章形式の交響曲とみなしているのです。この曲の中に2番へのまなざしがあるのではと僕に感じさせたのもこれだけが2番のフィナーレを連想させるテンポを全曲の流れにおいて実感させる演奏だったからで、後の5番が3番以上に2番に近似したフィナーレを持つ秘密が4番の中に秘められているのではと思わせたからにほかなりません。このフィナーレの前に置かれた第3楽章の比率もコリンズ盤が最も少ない27%台で、明らかに彼はフィナーレの速さの印象を削ぐ演奏設計を採用しているのが窺えます。全曲の演奏時間の短さではコリンズさえもしのぐギブソン盤との最大の違いがこの点ですが、それでも第3楽章と第4楽章の比率を比べてみればコリンズとギブソンはフィナーレが前者を上回っていて、アシュケナージ、ベルグルンド、マゼールがほぼ同じという結果になっています。またこの一覧からは日本人指揮者2名が収録時期において第3楽章を遅くフィナーレを速く演奏する傾向が顕著なのも目を引き、解釈の方向性がコリンズと正反対なのも日本の聴衆に年代を問わず抜き難く根ざすロマン派的な音楽への好みの反映なのではとつい感じてもしまうのです。
 4番における2番のモチーフの引用は終楽章の結尾に登場する例がその最たるものですが、頭が休符で始まる同じ音程の5連音と音程が上がる3連音2つから成るこのモチーフは2番における第3楽章のトリオでも変形されて登場しており、4番では第1楽章の途中で音程がやや不安定に上下する3連音として2度に渡り呟かれます。また4番の第1楽章冒頭はモチーフの後半が2つの音程を単調に上下するようになってから音の長さがしだいに伸びてゆく形になっていますが、フィナーレの結びに出てくる2番の冒頭モチーフの引用はそれらとは逆に後半の音程を堅持したまま音価を伸ばしつつも曲全体を結んでゆくのです。
 4番には全曲を通じ2番や5番の力強さが持続する局面は皆無で、ゆえに終楽章が変に速いと活気が嘘っぽくなりがちですが、結尾で音程を維持しつつ引用された2番の冒頭は彼シベリウスがそれを支えに絶望に瀕する己を懸命に保つ姿を見るようで、だから5番が賛歌にしてオマージュなのかと嘆じるばかりです。

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