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【映画】キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン Killers of the flowermoon/マーティン・スコセッシ


タイトル:キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン Killers of the flowermoon 2023年
監督:マーティン・スコセッシ

前評判通り三時間半近くあるのに、最後まで全くダレずに無理なく緊張感が続いていて、あっという間と言う程ではなかったが飽きる事なく観ることが出来た。特に映像の没入感が素晴らしく、何度も登場する奥行きのあるロングショットの美しさは劇場でしか体感出来ないこれぞ映画体験!と声を大にして言いたくなる。目で見る映像の快楽もこの映画の凄く重要な部分だった。特に映像の面白さではブラインド・ウィリー・ジョンソンの「Dark was the night」が流れる夜の火事のシーンは、時代設定の近いテレンス・マリックの「天国の日々」(こちらも本作もジャック・フィスクが美術を担当)を彷彿とさせるが、ゆらめく炎のシルエットの画も驚かされる。幽玄な世界観の中で、白人の男達が欲望の中でひしめき合う姿が折り重なるように映し出される。
劇中全編で1920年代のカントリーブルースが流れるが、当時のこれらの音楽はレイスミュージックとしてカテゴライズされていたので、恐らく販売網もセグメントされていたはず。劇中に登場する人物たちがこういった音楽を聴いていたわけではないのだけれど、しかしながら1920年代のアメリカーナの雰囲気を醸し出すサウンドトラックとしては、風景と重なり合って絶妙な選曲だった。そしてカントリーブルースに並んで流れるスコア部分は、スコセッシ作品の常連で元ザ・バンドのロビー・ロバートソンの音楽も現代的なアメリカーナを感じさせるギターの音色とパーカッシブなサウンドがひりひりと紡がれるが、違和感なく同居している。ロビー・ロバートソンといえば、ネイティブアメリカンの血を引いている事でも知られているし、ザ・バンドとディランによる「The Basement tapes」はかつてのカントリーブルースへのオマージュも含まれている通り、これ以上にないほど本作のサントラ作曲家として、適役な人物は他にいないと思う。残念ながら本作のスコアが遺作となってしまったが、死の寸前でも瑞々しい音楽を奏でていた事は映画と共に記憶されるのではないだろうか。
配役も素晴らしく、ロバート・デニーロの怪演も年齢を重ねた重みと軽さが同居した悪漢の姿が単純な悪役を超えた好好爺とたぬき親父っぷりがナチュラル。勧善懲悪で簡単に片付けられない人物像画なんとも言えず、家族は守る(それ以外は道具扱いでしかない)姿勢などは腹の中と表向きの姿のコントラストの演技が素晴らしい。そして情けない役をやらせたら右に出るものはいない程の存在感を放つレオナルド・ディカプリオ。冒頭から軽薄な存在なのはありありと分かるが、途中から一体何を考えているのか分からなくなってくる。妻に毒を盛りながら、叔父の言うがままの行動と家族への愛情が不条理な状態にあって、無情な殺人に加担しているのか、妻への愛情を貫いているのか判別つかなくなってくる。彼の出自がホワイトトラッシュであり、選択肢がないワーキングクラスの白人である事が彼の空虚な様に現れている。叔父の欲望と部族を守ろうとする妻(とはいえ彼は妻のこの行動には気づいていないし理解出来ていない)への忠誠がどっちつかずな様が表情で全て演じられていた。深読みしようとすればするほど彼の空虚で愚鈍な姿が見えなくなってくる。表面的な正しさに惑わされ、ころっと自分の意見を変え、本質的な正しさよりも言われるがままのその場の正しさに寄り添う。自分無さがラストで妻から突きつけられる三行半へと繋がってくる。ある種の正直さが、正しさへと導きながら、夫婦間の正しさへとは導き出せなかった知恵の足りなさと知識の無さが露呈する。物語の中でも一番辛辣だったのはこのシーンだと感じる。モリーにとって馬鹿でも愛する夫の最も馬鹿な部分が露呈した瞬間だったのだから。嘘もつけない反面、何も分かっていない夫に愛想を尽かすのに離婚という概念が無いネイティブアメリカンの彼女に離婚という選択が、彼に対する鋭利な傷を残す。そして妻モリー役のリリー・グラッドストーンの演技も素晴らしい。年末にA24特集で新作の公開も控えているケリー・ライカートの過去作「ライフ・ゴーズ・オン」でも、同性愛者を匂わせる不思議な役を担っていたが、本作での演技は別次元に到達している凄みを感じさせる。
改めて時代を振り返ると第一次大戦が終結したのが1918年で、黒人の大量虐殺が行われたタルサ人種虐殺が1921年。当時は当然のごとく人種間の差別意識の強い時代で、ネイティブアメリカンも居留地に追いやられ(これは今でも変わらない所でもある)、彼の地で石油画出た事が本作の重要なインシデントなのだけど、それを搾取する白人たちの姿は現代でも変わらず続いている。利権に対して鼻の効く人々の無情な様は恐ろしい。


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