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読書記録:「日の名残り」を読んで

「わたしを離さないで」を読んでから、カズオ・イシグロの本に興味を持ち、本作も読みました。とてもよかったので記録として残しておきます。

(※一部ネタバレ的な要素もあるので、大丈夫な方のみページをスクロールしてください!)

本のサマリー

主人公はベテラン執事のスティーブンス。1950年代のイギリス/オックスフォードシャーで、長年ダーリントン・ホールの英国貴族ダーリントン卿に従事していた。ダーリントン卿の死後はアメリカ政治家ルイスが家を買い取り、ルイスの元で従事していたが、人手不足やアメリカとの異文化の違いに悩む日々が続く。あるとき元同僚から届いた手紙をきっかけに、少しばかりの休暇をもらい、旅の中で昔の思い出を回想していく中で、今までの後悔、人生の分岐、品格や忠誠心とは何か?について想い耽っていく。

感想

由緒正しき屋敷に勤める執事であるスティーブンスの「徹底的な仕事ぶり」が垣間見えるシーンが多く、読み進めるうちに何度も背筋が伸びました。「執事たるものこうあるべき。一流の執事であるために相応しい品格を持つべき。」という強い想いと、仕える主人への「忠誠心」が作中に何度も登場します。その忠誠心ゆえに「主人が闇堕ちしていく姿」を止められなかったという後悔や、仕事に全うしたことによる同僚ミス・ケントンとの愛のゆくえなど、旅を続ける中で、「人生は、これでよかったのだろうか?」と俯瞰していく流れがシンプルに届くのが印象的でした。

1人称でスティーブンス目線で語られていくこの作品は、1人の人間のフィルターを通して人生の回顧録を眺める気持ちを体験できます。第一次世界大戦と第二次世界大戦の厳しい時代の中で、自らの品格と仕事に誇りを持ちながら生き抜いた執事というのは現代のフィルターを通して見てみるとロマンを感じるほど。

「品格ある執事」としての佇まいについて、自らが行ったエピソードを交えて紹介していくシーンも興味深いものがありました。特に素敵だなと思ったのは当時支えていたダーリントン卿の出来事を、旅の中で出会う人が聞いても「濁した(口外しない)」こと。最後の最後まで完璧な執事としての仕事ぶり、正しさは感服するばかり。しかしその品格を保つ余り、柔軟になることができずに失ってしまうものも。正しくあり過ぎても、上手くいかないことがあるという示唆を感じました。人生って、本当に難しいのだなと...

スティーブンスが作中に語る言葉の中で、すごく好きだなと思ったのがこちら。

「品格の有無を決定するものは、みずからの職業的なあり方を貫き、それに堪える能力だと言えるのではありますまいか。」
「私どものような人間は 、何か真に価値あるもののために微力を尽くそうと願い 、それを試みるだけで十分であるような気がいたします 。そのような試みに人生の多くを犠牲にする覚悟があり 、その覚悟を実践したとすれば 、結果はどうであれ 、そのこと自体がみずからに誇りと満足を覚えてよい十分な理由となりましょう 。」

人は誰しも、「あの時、ああしていたら」「こうしたらよかったんじゃないか」と選ばなかった別の選択肢について考え込むときがあるはず。スティーブンスも人生における大事な選択肢について、旅の中で丁寧に振り返っていくのですが、その選択肢が果たしてよかったのかは、後になってみないとわからないことがたくさんあるんだ、というメッセージが伝わってきました。

読み終わって何かと似てるな...とハッとしたのですが、大好きな「ララランド」のラストシーンに少し通じるところがあるかもしれません。何かを成し遂げたときに、何かを失うことがある、と。それに自らに迷いなく選んだ道ならば、どんな結果であっても、きっと大丈夫(また前へ進める)。と。

脱線しますが、ララランドもまさに人生のほろ苦さと夢を詰め込んだ素敵なストーリー。もしかしたら私はこういう「別の道があったかもしれない」と振り返るような作品が好きなのかもしれません。

カズオ・イシグロの作品は、主人公が尊い作品が多そうで好きな予感がします。静かだけど、落ち着いたまなざしでスッと心に届いていく感じ。まだまだ読めていない作品が多いので、今年1年かけてゆっくり読んでいこうと思います。


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