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品川バプテスト教会で思いがけずフィンランドと出会った話。

オープンしなけんのイベントの一環として、大崎にある品川バプテスト教会の見学をしてきました。

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オープンしなけんは、品川区に点在する数多くの建築物の中から「歴史的・魅力的建築物」を選定し、そのうち所有者・管理者の協力を得られたものを1日限定で一般公開するというツアー企画です。

この企画を品川区とともに進めているのが一般社団法人・東京建築アクセスポイント。先日、吉祥寺にあるアントニン・レーモンドの戦前の作品「旧赤星鉄馬邸」の見学会をご一緒させていただいたご縁で、東京建築アクセスポイント代表の和田菜穂子さんからお誘いいただき今回初めてこのオープンしなけんに参加することができました。

あそこもここもと見学したい建物はたくさんあるのですが、今回は時間の関係から場所的にいちばん行きやすそうな大崎にある品川バプテスト教会のガイドツアーに参加しました。

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品川バプテスト教会は、JR大崎駅から徒歩15分ほどの閑静な住宅の一角、ゆるやかな坂道の途中にひっそりと佇んでいます。

設計者は天野太郎研究室の天野太郎、吉原正のふたり。竣工は、前回の東京オリンピックの前年1963(昭和38)年です。

こじんまりとして、高さも周囲の2階建の住宅と変わらないその外観が目に入ったときの最初の印象は、

レゴブロックみたい。

まるで、地図の上にポンと1個白いブロックを置いたような印象を受けたのは、装飾が少ない(十字架すら立っていない)上に天井が真っ平らなせいかもしれません。

説明によれば、東京オリンピックに向けた突貫工事と重なったことによる資材の高騰と人材不足により教会の新築工事は苦難の連続だったそうで、基礎の改良に十分な費用がかけられずこうした「真っ平らな屋根」とならざるをえなかったようです。同時に、後々増築がしやすいようにとのデザイン的な配慮もあったとのこと。

当日解説をしてくださった日隈先生は、この教会が竣工してまもない頃から50年近くにわたりここで牧師を務めてきた、ある意味この建物と一緒に人生を歩んできたような方。そのため苦労話も含むさまざまなエピソードを生き生きと語ってくださり、ガイドツアーに参加させていただいてよかったと思いました。

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こじんまりとした玄関ホールから一歩会堂に踏み入れると、天井の高い開放感のある空間が広がっていて驚かされます。祭壇は、いかにもプロテスタントらしい質素なしつらえ。

天野太郎研究室のOBの方によれば、おそらく全体の設計を天野太郎が、そして装飾などディテールのデザインを吉原正が行ったのではないかとのこと。具体的には、柱の角を直角でなく丸くしたり、両側の柱の上部を斜めにカットすることでアーチ的な印象を施したりといった工夫はいかにも吉原氏らしい仕事なのだそうです。

しつらえがシンプルな分、左手から差し込む光の印象が効果的です。この窓は会堂の内側からは見えませんが、外から見るとこのような感じになっています(「品川バプテスト教会」という文字が書かれているところ)。

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さらに、その後の増築のために埋められてしまったものの、かつては会堂の右手に1.8m×1.8mの大きな窓が2枚あり、午前にはそこから眩いばかりの光が祭壇に差し込んでいたのだとか。

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祭壇の向かって右側を正面から写したところ。3本の柱に挟まれたふたつの矩形がかつての窓の痕跡。球体の照明器具も吉原正のデザイン。竣工当初はもって仄暗かったそうですが、窓を潰したため会堂内をより明るく保つ必要が生じより光度の高い電球に替えたとのお話でした。そんな話を聞きつつ、乏しい想像力で懸命に竣工当時の教会内の様子を脳内で再現。

竣工当初からの変更点は少なくなく、素朴な合板張りの壁面も実は後から断熱工事を行った際に追加したもので、元々はコンクリートに薄いクリーム色を塗った状態だったそう。それだけでもガラッと印象が変わりますね。左右の窓とあわせて、きっと眩しいほどに明るい会堂だったのでしょう。

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ところで、この会堂に入ったとき、正直あまりなんてことのない空間だなんて思ってしまったのですが、不思議なことに15分たち20分たちするうちにジワジワと心地よくなってきて、なにより包まれるような安心感が心の底から湧いてきたのには自分でも驚かされました。こうした内部空間の豊かさ、密度の高さは、これまでにも幾たびか北欧の教会建築で感じたことがあるものです。

そして実際、この教会の設計にあたってはフィンランドをはじめ北欧の建築家の影響を多分に受けているとの説明がありました。天野太郎も吉原正もフランク・ロイド・ライトの薫陶を受けた建築家にもかかわらずちょっと面白いです。

当日配布された資料より、天野太郎研究室のOB橋下久道氏の発言。

設計当時、天野太郎研究室ではフィンランドのアルヴァ・アアルトという建築家に関心が集まっていて、それに関連して北欧の建築家の作品をよく見ていたと想像しています。

また、この日やはり来場したOBの方から、この建物の設計に前後して天野らはフィンランドへの視察旅行を敢行しており、連日旅の途上からハガキによる細かい指示が事務所に送られてきたとのエピソードがあり、いってみれば天野太郎研究室における「北欧ブーム」的な熱狂がこの品川バプテスト教会やその2年前の武蔵嵐山カントリークラブ・クラブハウスに反映されていると考えてよさそうです。僕がジワジワと体感した北欧建築にみられるような親密さも、まさにこうした旅の中から生まれた成果だったわけですね。

天野らが1960年くらいにフィンランドを旅していたと仮定すると、「イマトラの教会」や「ヘルシンキの文化会館」「アアルト自邸」といったアアルトの代表作が次々と完成していった時期にあたり、こうした「最先端」の建築に触れて大いに刺激を受けて帰ったとしても不思議ではありません。ちょうどその頃、アアルトのアトリエでは『アルヴァ・アアルト』(鹿島出版会)を後に著すことになる武藤章がはたらいていました。あるいは、案内などしてもらい話を聞いた可能性もありそうです。

建物の壁面のカーブなども、そう思うとアアルト的な気がしてきますね。

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丸められた角の部分を内側と外側から見るとこんな感じです。

また、会堂には和田菜穂子さんが撮影したエリック・ブリュッグマンによるトゥルクの復活礼拝堂の写真や、エリエル・サーリネン(ヘルシンキ中央駅など設計したフィンランド建築界の父)がアメリカ時代に設計したコロンバスの教会の写真が展示されていましたが、とりわけ光の扱いなどにフィンランドの教会建築の影響を強く受けているように感じられました。そして、祭壇を含め、より「白い」空間をめざしていたのではないかと感じました。

それにしても、まったく予想していなかったにもかかわらず、思いがけずフィンランド的な空間と出会うというこの「引きの強さ」。

その後、学芸大学に移動し、Web関連のお仕事をされているみおさんに色々話を聞いてもらいいくつかの貴重なヒントをいただくという有意義な1日でした。

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