ふんわりという文字から感じる舌の予感
実家がある町へ行った。
高校時代の友人に会った。
「ふんわりカプチーノで」と注文したが
「カプチーノですね?」と念を押され
メニューの「ふんわり」は(無いもの)とされた。
友人の近況報告クラウチングスタートで
「ふんわり」をとりあえず頭の隅っこに置いて喋り倒した。
帰りの電車
「ふんわり」という言葉の行方を
自分の中でなんとか収めようとしたが(そもそもそこが面倒くさい自分)
まあそんなものか。
客はふんわりを求めるが
店側が確認すべきは「ふんわり」ではなく
「カプチーノ」か、どうか、だ。
それはそう。対応不満ではない。
メニューの文字をみて「ふんわり」で舌感を想起させられ
それで役割はできているのだ。
あ?写真撮っていなかったな。
ふんわり認証写真も残してはいなかった。
いいのだ、舌先はふんわりだった。
ふんわりして美味しかったです。
*バナーは「みんなのギャラリー」から
素敵な画像をお借りしました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?