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日本で働くカンボジア人、ダイナイのこと

そろそろ。1年経つので伝えさせてください。
ダイナイの話。
昨年一緒にインスタライブもやったりして覚えていてくださる方もいるかもしれません。
本当は岐阜で一緒にイベントを開こう!ダイナイと会えるイベントを作ろう!
なんて話も出ていたのですが、事情があってなくなってしまいました。

それにはこんな理由がありました。

ダイナイはカンボジアの女の子で、
私の大切な妹的な存在でもあり
moilyと今の職人の村を繋いでくれた子でもあり
moilyをはじめた当初ボランティアで通訳を勤めてくれた
私にとってもmoilyにとっても大切な大切な存在です。

カンボジアのスラムで育った彼女は
無料の寺子屋で日本語を覚え
とてつもない努力の末
日本語通訳と、日本語教師という仕事につきました。

コロナ禍で一度それらの仕事を失った時は
moilyのスタッフとしても働いてくれ
たくさんのカンボジアの文化を日本に発信してくれました。

まじめで一生懸命。気を遣いすぎるくらいで。
誰の前でもジョークを言って笑顔を絶やさない彼女は
実は家族のことでも、仕事のことでもいつも苦労が絶えませんでした。

そんな彼女の日本行きが決まったのが昨年。
現地の友人のツテで「技能実習生」ではなく「実習生の通訳」(実習生より待遇が良くビザも違う)という仕事を見つけることができました。

「これで日本で働いて、お金を貯めて借金が返せる!
日本で働く経験をして、学んでいつかカンボジアの村に学校を作りたい!」

出会った当初からずっと言っている彼女の夢
一歩一歩歩んでいるのが嬉しく一緒に喜びました。

その後奇跡のような出来事が。
「日本全国どこに派遣されるのかな?
場所がわかったら遊びに行くから教えてね!」

なんて言っていたら。なんと!!
私の実家から車で5分の場所に派遣されたのです。

奇跡ってあるんだなぁ

日本で働きはじめた初めの週は一緒にお花見に行けたのですが
ダイナイは次の週からは休みが取りにくくなっていきました。

中国人や、ミャンマー人の通訳さんは3人ずついるのに
カンボジア人通訳はダイナイ1人だけ。
他の国の先輩が3人で手分けして行う分を1人でこなさないといけません。
仕事を丁寧に教えてくれる先輩もおらず
聞けば
「なんでわからないの?」とヒステリックに怒られます。

午前は新しく来た実習生に日本語の授業があり
午後は病院や、派遣先に同行し通訳をします。
オンラインでカンボジアにいる生徒にも授業を。
電話やメールはどんな時もすぐに対応しなければならず
夕方以降は毎日入国してくる実習生の入国資料を手書き(特に日本の住所を漢字で書くのは大変だったそう。この仕事が大変で土日も資料を書いていました)

日本での生活も初めてでわからないことだらけの彼女。
彼女の仕事は毎晩深夜2時までかかるようになりました。

毎晩ヒステリックになった先輩通訳たちが
寮の部屋のドアをドンドン叩き「まだ終わらないの?」と大声で怒鳴りにきます。
日々日々先輩たちに怯える彼女

仕事場も寮も先輩たちと一緒で逃げる場所がありません

日本人の上司もロボットのようだったとダイナイは振り返ります。
休みのはずの土日も、いつでもメールや電話がかかってきます。
1〜2分返信が遅いようなら、日本人上司にすぐに怒鳴られ怒られます。
心はひとときも休まりません。

あまりの環境の悪さに
「ちょっと環境が悪過ぎじゃない?他に転職した方がいいんじゃない?」とわたしが言っても
「これは私が仕事が遅いだけだから!これも勉強!頑張らなきゃ!」
と彼女は前を向いていました。

生活環境も悪く通常40人、多い時は100人と生活している場所で
トイレは2つだけ
先輩通訳たちの監視も厳しく
冷蔵庫を使えば怒られ
買い物をすれば何を買ったのか全てチェックされ
先輩の分の掃除や洗い物も強要されるように
生活の中の自由も奪われていきました

元気いっぱいだった彼女は少しずつ元気を失っていきましたが
それでも人前では元気に見せるように苦しそうに笑っていました。

それから3ヶ月ほど経ち
彼女は久しぶりにカンボジアの旧友たちに日本で会えることになりました。
友達たちも日本で働いており
休暇をとってダイナイに会いに来てくれたのです

旧友たちの職場は
自由に休暇が取れ
給料もダイナイより高く
とても楽しそうに日本での生活を送っていました

帰ってきたその日ダイナイは「私もここでがんばろ〜!」
なんて言っていましたが
数日後、彼女の中で張っていた線が「プツン」と切れてしまいました。
「もうやめたい。」とLINEがきました。

「そりゃそうよね」と。
むしろこの環境とストレスでここまで頑張りすぎだったよ。
すぐにやめよう!という話になり
日本の上司に退職願いを書いて渡しました。
思っていたよりすんなりと受け入れられ
よかったよかったと2人で一安心。

その後、全ての通訳の先輩からは無視をされるようになりましたが
嫌味を言われたり、怒鳴られたりするよりはマシだと
彼女は悲しく笑っていました。

あまりのストレスだったと思います。
その後全身に蕁麻疹が出てしまった日もありました。
それでもあと少しの辛抱となんとか頑張っていた彼女

この時点で体重は8キロほども減ってしまっていました

そして約束の辞める日まで1週間となった日。
その日ダイナイは朝から出張の仕事が入っており、出かける準備をしていました。

すると、日本上司から「ちょっと来て。」と事務所の別室へ連れていかれました。
なんだろうとついていくと、
いるはずのない、カンボジア人の社長(今の職場と繋いだ人)と
中国人の上司と、カンボジア人の通訳が、それぞれの国からきていたのです!!

ここに座りなさいと言われ、3人に囲まれるダイナイ。

「あなたを絶対にやめさせない。もし辞めるなら3000ドル払いなさい。」
大きな声で怒鳴られ、3人から延々と問い詰められます。

震え上がるダイナイ。
出張は嘘だったんだ。
無理やり契約書を書かせるために。
自分達が来ることを気づかせないために。

3000ドル(約45万円)なんて持っているはずがない。
怖くて泣いて「もう無理です。私はここで続けられません。」
と言ってももちろん聞いてもらえません。

時間にして3時間ほど。
彼女は泣き続け
最終的に「わかりません。わかりません。」と言い続けました。
(これは私たちの事前の作戦で、最悪の事態が起こったら、揚げ足を取られないように「わかりません」しか答えないようにしようと決めていました)

泣きじゃくるダイナイに
今日は何を話しても無理だと諦めた上司は
明日必ず契約書にサインをさせると言いその日は部屋に帰されました。

すぐにダイナイから電話がかかってきました。
「めちゃくちゃ怖いことになってる。明日契約書にサインさせられる。どうしよう。」

実は事前にもしものことがあった場合にと
支援協会の方に相談しておいてありました。
似たようなパターンは技能実習生に多いようで
(ダイナイは実習生ではないけど)
ひどい時は暴行されたりして、絶対に辞めさせないようにされた事例もあるそう(恐)

日本の法律に引っかからないように
どうしたらうまく辞められるか
様々な状況のパターンを想像して準備をしていました。
(支援協会の方、その節は本当にお世話になりました)

そして今回は
他に手段はないと判断し、ここから逃げることを決めました。

最低限の荷物だけリュックに詰め、コンビニにいくふりをして決行。
安全な場所に避難させ
GPSを仕掛けられている可能性もあると思ったのでスマートフォンを
数日預かりました。
(辞める直前、なぜか上司に携帯を貸してと言われる時があったため)

最後の最後までダイナイは怯えていたし
残してきた仕事や、残る実習生の子を心配していたけれど
無事に避難できたとわかると
数ヶ月ぶりに安心した場所だったようで
それから3日間はほぼ眠っていました。

そのうちに私は新しい職場と連絡を取り
(ダイナイのお知り合いが、彼女を雇いたいと以前から言っていた)
事情を説明すると「なんて大変なの!」と
すぐにスムーズに彼女が働けるように動いて下さいました。
(更にその後の対応も本当に温かいものでした)

今、どこの場所で彼女が働いているかは
以前の職場のこともあり詳しくは書けないのですが
彼女はとても温かい人たちに囲まれ
心穏やかに日本で働いています。

でも、これは、彼女が技能実習生のためのビザでなく通訳のためのビザだったからできた手段。そして、すでに彼女を雇いたいという職場があり、元々彼女を知っていて信頼関係ができていたからこそスムーズにできたこと。

そして奇跡的に私が近くに住んでいて
日本のルールを調べることができ
支援協会に相談ができ
安全な避難場所を確保できたこともよかった。

信じられないけれど同じようなことが技能実習生の子たちにも起きていて
逃げられず、頼る日本人もおらず
苦しみながら日々働いて子がいるのだと思うと
胸が引き裂かれそうになります。。
あぁ、日本に希望を持って、家族のために自分が頑張るんだ!と働きにきただろうに・・・
(特に技能実習生は、日本での稼ぎを頼りに大きな借金をして日本に来ているのでより辞められない)

今ダイナイは当時を振り返って
すごく辛かったし、今でも思い出すと涙が出るけれど
私はあの経験をしてよかったと思う。
だって同じ苦しい状況で働いている実習生の子はたくさんいて
私がそれを体験したからこそ力になれることはあると思う。
きっと他の通訳の先輩も仕事が辛かったから私に当たったと思うよ。
それに、日本人の自殺率が高い理由もわかった気がする。

と言っています。

これが長くダイナイのことを書けなかった理由。
すぐには書けなかったけれど
これはいつか絶対にシェアしたい内容だなと思っていたので
1年経った今、ちゃんと伝えようと書くことにしてみました。

彼女から聞き取った内容で、確認もしてもらっていますが
もし事実と異なる点があったらごめんなさい!

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