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【短編】 閉じ込められた微笑み

時は2045年。

低迷しきった経済は、かつて経済大国と呼ばれたその国をGDP 第15位までランクダウンさせていた。
経済学者も政府の経済対策チームも、もはや打つ手を見失い、
国民から「微笑み」や「笑顔」は完全に消え去っていた。

「あ、お前、また違法動画観てるな。ここはカフェだ。捕まるぞ」
「シー! 声が大きい ‼️  こんな世の中だからこそ、笑いが欲しいんだよ」
「分かるけどさ。違法だぞ。見つかったら庇いきれないからな」
「はいはい。家でこっそり見まーす」

心配性の武藤は、いつものように友人の小野里に注意を促して、残りのコーヒーを飲み干した。

人間の「笑い」から植物の光合成を鈍らせる物質= 【エーテルノックス】が放出されていることが分かってから、20年になろうとしている。

国連環境開発会議において、【エーテルノックス】から森林を守るための「No-smile  ordinance笑顔禁止条例 」が採択され、人類はそれぞれの標準時で8:00から19:00までは公共の場所で「笑う」事を禁じられた。

日中に笑うことが罪になるのだ。

笑いを伴うプラスの感情のエネルギーは大きい。それをモノやコト、コンテンツとして商業的に作り出して利益を生んできた人類にとって、この条例は死活問題となった。

経済が低迷しているから笑顔が消えたのではない。
笑顔が消えたから経済が低迷しているのだ。

ある日、仕事を終え電車に揺られていた武藤は、海外のネットニュースに【エーテルノックス】に関する興味深い記事を見つけた。

「なんか、笑いが出す光合成阻害物質を無害化するアイテムが発明されたらしいぜ」
珍しく興奮ぎみに話す武藤に小野里は、「今までもそういうの何回かあったよな。まともに機能したためしがないじゃないか。」と冷静に返す。

「いや、今回のは画期的だぞ。薬品や複雑な機械じゃないからな。腹巻きだぜ、腹巻き」
「コルセットって言えよ」

眉唾ものの海外ネットニュースによれば、そのアイテムは「シルヴァ」と名付けられ、近々発売するという。
「シルヴァ」は、「エーテルノックス飛散抑止コルセット」だ。
人間が笑った時に放出される物質【エーテルノックス】は、口や鼻からではなく、丹田 = 下腹部のあたりから出ている。という研究結果に基づき開発された「シルヴァ」は、腹巻きのように装着することで【エーテルノックス】の飛散を99.9%ブロックすることが出来る。

「確かに画期的ではあるが、笑うためにこんなものを着けないといけないなんて」
「あー、全くもって馬鹿馬鹿しいよな。でもこれで世界経済が少しでも上向くなら、使ってみる価値はあるんじゃないか」

長引く世界的な恐慌、笑いに対する飢えから世界中の人は「シルヴァ」をこぞって買い求め、装着する。

国連環境開発会議は、条件付きで「No-smile  ordinance笑顔禁止条例」の解除を宣言した。

世界的ヒットにより輸入がおくれたものの、武藤と小野里もようやく「シルヴァ」を手にすることが出来、日中でも気にせず大笑い出来る日常を謳歌していた。

「シルヴァが偽物じゃないっていう証明書を見せれば、笑っていても逮捕されない。大多数の人が使っているんだから、もやは警察も人件費削減していいんじゃないか」
「そうかもな。アハハハ。ところで武藤、これからお笑いライブに行くんだけど一緒にいくか?」
「行く行く。アハハ」

だが、救世主のように見えた「シルヴァ」は、重大な問題を露呈し人類を更なる窮地に立たせることになる。

「シルヴァ」は【エーテルノックス】を特殊なフィルターで吸収し飛散を抑えているのだが、そのフィルターの交換サイクルが平均5日と、思いの外短いのだ。かなりの高コストであり、ユーザーへの過負担はすぐに問題となった。
さらにその使用済みフィルターは、環境に負荷を与える廃棄物と分類された。一般ゴミとして出すことを禁じられたため、全国に、いや世界中に「シルヴァ使用済みフィルター一時保管場所」が乱立していく。

保管場所自体が環境に悪影響を及ぼす、と環境活動家が騒ぎ出す。保管場所の受け入れや地域住民への説明などの対応からトラブル解決まで、問題は複雑化を極めた。


地球上の主要国家の国土面積のうち6割ほどが「使用済みフィルター一時保管場所」として埋め尽くされた頃、国連環境開発会議の会合では話し合いが行われていた。

「もう、こうなったら核燃料廃棄物のように地下深くに埋める(地層処分)を検討するしかない。それで進めよう」
「しかし、シルヴァの使用済みフィルターは核廃棄物とは比較にならないスピードで増えています。とても埋めきれないのでは」
「フィルターの体積を凝縮することは出来ないのか」

会議が混迷を極める中、研究チームから届いた知らせは世界を絶望させるものだった。

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