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不登校6年目にして視えてきたもの

今から6年前、小学6年生の時に不登校になった。
なったばかりの頃は周囲に心配された。今までは学校にもほとんど休まず通っていて、生徒会長になることが決まったり、卒業式でピアノを弾いたり、習い事を何個もこなしたりと色々と頑張っていたからだ。サボる子だとは思われておらず、周囲から学校に行けときつく言われることはなかった。学校に行かねばと自分を追い詰めている他の不登校の子たちと比べればまだ人間味はあったと思う。若干痩せていて、毎晩謎に涙を流していて、学校を拒絶していたくらいである。
しかし親も焦っていたようで、中学になったら行くと約束させられたもののまた不登校になり、そこからしばらくの方が、親子関係もクラスメイトとの関係もキツかった。

不登校になった原因はハッキリとはしていないが、12年間じわじわと重ねた心のひずみが爆発したのだと思う。あの時を境に私は、良くも悪くもかなり変わった。
昔から発達障害っぽい特性は多少見受けられた。しかし、弱点をうまくカバーして器用に誤魔化せてしまうタイプだったのか、小学校に上がってから不登校になる手前までは特に困ったことはなかった。なぜか母親にしょっちゅう「あんたは変な子だ、普通にしなさい」とヒステリックに叫ばれる以外は良くも悪くも特徴のない児童だった。母親はきっとコミュニケーションなどどこか難ありな私の特性に直感で気づいていたのだろう。と、今回はドライに流しておこうと思う。
時系列がかなり前後するが、生後しばらくは地域で「○ヶ月検診」「○歳検診」のようなものがある。そこで何もできずに職員の人に何度も突っ込まれ、何かを疑われたのか別で話を聞くよう言われたらしいが、母は行かなかったそうだ。謎だ。

小学校の時に大して何もしていないのに母に普通にしろと叫ばれたのも、中学で学校に行けずにヒステリックに叫ばれて物を投げられたのも、結局私が母にとってのいわゆる「普通」の中からはみ出していて受け入れられなかっただけの話なのだ。
確かに私は少々不器用で空気が読めないおかしな人間であるが、そんなことは大問題ではないと思っている。
発達障害であろうとなかろうと、そういう特性がある!ピリオド!だと思う。私にとって病名が必要になるのは、その言葉を用いないと他人に説明ができない時だけだと思う。その機会は今のところ出くわしたことがない。もともとヒスい母の気に障ったくらいで、明らかに浮いていて人に迷惑をかけるレベルではなかったと思う(小学生の時は周りも幼かったのでそれで良かったが、中学生になってから学校で度々起こった騒ぎの火種をまいたのが自分だと知り、自分の幼さを自覚することになる)。
中学の時は発達障害かどうかでいえば黒に近かったし、実際精神科医にもそう言われたものの、自分の弱点を脳に刷り込んで過ごすうちに多少克服した。
結局、今現在私が医学的に診断名が必要なレベルのASDなのか否かはグレーなのである。年を重ねればリカバリーが効いてくるというのはこのことである。


ここまで読んでいただければお分かりだと思うが、今私が一番困っているのは、「普通じゃない」ことへの劣等感ではない。
そんなことより、不登校によって周囲から取り残されたことが問題だと思っている。周囲から取り残されている「感覚」ではない。「感覚」だとすれば今すぐ普通にならねばと焦っていることになるが、私は人生のレールに乗っかることには諦めたのでその点では焦っていない。しかし、親が死ぬまでには自分で生計を立てらてるようにならなければならない。
色々あって母親との関係もかなり改善して、「一年二年の遅れくらい大人になれば全く気にならないから、高校卒業も大学入学も急がなくていい」と慰められるようになった。私は若いので同級生の波に乗っかれないことに違和感があるが、親世代からしたら母の言う通りなのだろう。それは理解した。しかし、私は少なくとも6年間、不登校やそれに近いことをしている。少なくとも6年間、明らかにスローなのである。1年や2年ではない。

完全に引きこもりの期間は少ないので、まあそれなりに色々経験はしている。中学時代の大半は引きずられるように別室登校をしていたので、一応、一旦は朝起きていた。人間とも触れ合っていた。高校受験の勉強は人以上に頑張った。全日制は辞めてしまったが、バイトも一年続けて、最近では色彩検定や高卒認定試験を受けて成果は出した。
もちろん何もしないよりはマシだが、偏りがある。例えば、中学の時は親の車で物理的に運ばれて登校していたし、部活もほぼ行っていなかった。今となっては朝起きることもせずどうしても必要のある時(通信制のスクーリング、病院など)しか外出しないので、致命的に体力がない。普通の生活をする力もない。
勉強は、時間で言えば人並みよりしていないかなくらいである。大多数の中高生は毎日最低6時間も授業を受ける。嫌々ルーティン作業だとしても、そこまでやらされていたら多少は身になると思うのだ。
高校受験も資格試験も持ち前の効率のよさをバチバチに発揮しているので、長期記憶にはならず、内容はあまり身になっていない。何もしないよりはマシだが。

精神的に弱いので、何をやっても続かない。継続できないので、体力も落ちるばかり。毎朝起きて学校に行って、6時間椅子に座って帰るだけで社会で生きる上で最低限必要な体力は身につく。これは「何故学校へ行くのか」という問いに対してのひとつの立派な答えになると思う。
これが “学校” である必要があるのかと言われれば微妙だが、逆に、今の日本のシステムで学校へ行かずして立派に人並みの体力や学力を維持できる人はなかなかいないと思う。だからこそ、学校に行けないのなら人一倍の力が求められると感じた、冷静にヤバさが現実味を帯びてきた不登校6年目、高3の秋。スローだし偏りもあるけど一応前進はしているはずなのだから、私のやり方で、地に足をつけて生きていこうと思う。

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