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mokha(モカ)です。 10年文章教室に通って書き溜めた短めの小説をアップしています。

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最近の記事

七年柱(しちねんばしら)

大正から昭和に変わったからと言って、暮らしに大きな変化は無い。 田舎に不相応な洋館の豪奢な部屋に、息を潜めて暮らす令嬢、鹿代(かよ)は尚更だ。 「近頃は毎日雨ねえ……。ね、おカヨ」 おのれと同じ名で、同じ十七歳の女中のおカヨを部屋に呼び、他愛ない話で暇を潰す毎日。 「はい。お嬢様……」 鹿代の相手をしている間、女中おカヨは昼間の事を考えていた。 おカヨは昼間、鹿代の父である村の名主の遣いで、一軒の家を訪ねた。その家の八つの娘としばし喋った。そのうち娘はおカヨの耳に口を寄

    • 心の行方

      「ココはおバカで可愛いな。バイバイ」 左ハンドルの運転席から、窓越しに頭を撫でた彼を、ココはうっとりと見送った。 三歳年上の寺簾(てらみす)は、ココのバイト先のカフェの客だった。 仲間の女子にも人気のあった彼がココに声を掛けたのは、二か月前のこと。ココは毎日が夢のようだった。 「那田出(なたで)、変なカッコしてどうしたんだ!?」 家の門扉を入ったココは、呼ばれて振り返った。 中一から高三の今まで同じクラスの岡(おか)太比(たぴ)が、野球部のユニフォームを着て自転車

      • 新婚生活

        正月気分が抜けきらないせいかダルい。 ここ最近は、特に、仕事にならない程の酷い眠気を感じる。物忘れも激しい。 「睡眠時無呼吸症候群じゃないか?」 と、同僚に言われた。睡眠中に呼吸が止まり、寝不足になる症状だ。 「そうかもしれないな」俺は答えた。 だが原因には心当たりがあった。 去年の11月、5年付き合った彼女と別れたのだ。 彼女とは大学で知り合い、就職してからは遠距離恋愛になった。元々、不安定で攻撃的な性格の彼女は寂しさのせいか職場で問題を起こし、去年退職した。そ

        • 都合のよい女

          「ちょっと、いつになったら片づけるのよ!」 漫画やお菓子の袋が散乱したリビングで、東南アジアの涅槃像のように寝転がって雑誌を読みふける夫の陽介。 菜月が仕事に出掛ける前に、彼も着替えて一旦部屋を片付け、デイサービスの送迎の仕事に行ったのだが。ジャージ姿とひげ面と荒れた部屋の様子は、朝と全く同じ。 見事な再現率に、菜月は呆れ、怒鳴った。 陽介は目を丸くして妻を見た。ピクリと巨体を動かし起き上がるのかと思いきや、180度反転して、点けっぱなしのテレビに向く。 結婚して5

        七年柱(しちねんばしら)

          慈悲の代償

          とある町で大量殺戮事件が起きた。その報道は止む気配がない。 居合わせた44人もの人を殺した、歴史上最悪事件の犯人は、俺の中学・高校の親友だった男だ。 一週間が経った今日。犯人が自殺したと、ニュースで知った。親友の死に衝撃を受けた俺は、その悲しみに耐えきれなかった。そこで、急いで緑色のカプセルを飲んだ。 10分後。 〈悲しまないで〉 窓辺の鉢植えのガジュマルが俺の心に語りかけた。その優しさが俺の心の痛みを癒す。 この緑色のカプセルは親友が作った『植物と心を通わせる薬

          慈悲の代償

          ホームスイートホーム

          夕食の支度をしている間のこと。 専業主婦の希美(のぞみ)は、日記代わりの家計簿を見ながらため息をついた。 希美の傍で人形と遊ぶ、三歳になる娘の教育費。自分たち夫婦の老後にかかる費用などを思うと悩みは尽きない。 と、ここでボールペンのインクが切れた。 その程度のことでいらだつ自分に腹が立つ。 ペン立てに刺さっていた、新しいボールペンを取り出した。 ふと、暗い事ばかり考える自分に気が付いた。 これじゃいけない。悪いところばかり見て、ストレスを溜めていては人生もったい

          ホームスイートホーム

          妻のみぞ知る

          久し振りの妻との旅行。 人気の高級温泉旅館での夜。時計は12時を指す。 トイレに立った俺はびっくりした。 暗闇の中、洗面所の灯りが漏れる扉の前で、妻が突っ立っていたのだ。 声を掛けようとしたら、妻は強張った顔で振り返り唇に人差し指を当て、『静かに』というジェスチャーをした。無言で腕を引っ張られ、俺は広縁の端まで連れて行かれた。 「洗面所の電気が点いてるの! 誰かいる! 泥棒かも!」 「電気? 消し忘れただけだろう?」 「音がしてた! 絶対に誰かいる!!」 ゆっくり内

          妻のみぞ知る

          海の底までランデブー

          今、世界には俺一人しか存在しない。 そうとしか思えない程、まわりには誰もいない。 大学の休みに、ホエールウオッチングをするため九州行のフェリーに乗った。それが、航路を間違えたタンカーとぶつかり、転覆してしまった。 運悪く台風も合流。海に投げ出され、20年の短い人生を後悔した俺。 何とか救命ボートにしがみつき、現在、太平洋上に一人ぼっちで一週間生き永らえている。 花粉症が治まったことだけは思わぬラッキーだった。近くに陸地が無いから花粉が飛んでこないという、絶望的な状況っ

          海の底までランデブー

          いのちのすみか

          商店街の看板が揺れている。 「地震だ!」と、誰かが叫んだ。 宙史(ヒロシ)はとっさにしゃがみ、地面に手を付いた。通行人たちも、小さな悲鳴をあげながらジッと恐怖に耐えている。 揺れはすぐに収まった。と、そこへ、宙史の顔を掠めるようにツバメが横切った。店の軒下の巣の中で、4羽のヒナが大きく口を開け、ピーピーと鳴いている。 小さな命の存在に宙史の心は落ち着き、気を取り直して空港へと急いだ。 2030年。種子島(たねがしま)宇宙センターで、日本で初めての有人ロケットの打ち上げ

          いのちのすみか

          白の道標 (みちしるべ)

          お昼休みから会社に戻ると、同僚達が騒いでいた。近くのビルの屋上から、背中に羽根の生えた人間が街はずれに飛んで行ったという。 噂の有翼種(ゆうよくしゅ)が現れたが見なかったかって私に聞くから、私は安心して「見なかった」と答えた。 それは私だから。 人気(ひとけ)の無い所で背中を掻いていたら、刺激で翼が広がったので、収まるまで隠れていたの。 天使のような白い翼を持った人間を見た、との何件もの情報が、世界中でほぼ同時に報道された。環境のせいか宇宙人なのかその正体はわからない

          白の道標 (みちしるべ)

          もてなしの形

          目を覚ました圭一は驚愕した。 見覚えの無い布の靴を履いた自身の足は、獣のように密集した茶色い毛に覆われている。両腕も顔も同じだった。尖った爪も生え、身に着けている服は見覚えがない。 三時過ぎに高校から帰り、ゲームをして、一眠りしたはずなのだが、なぜ今、森をさ迷っているのかわからない。 鏡を探して森を出た圭一は、またも驚いた。 そこには、美しい田園風景が広がっていた。澄み切った青空の下、丘の向こうまで、緑の穂が風になびく。グリム童話に出てきそうな、三角屋根に煙突の付いた家

          もてなしの形

          誘いの館

          ショックだ。俺は年季の入ったバスの待合所で呆然とした。 6時間も山を歩いたので、疲れて帰ろうと思ったらバスが無い。まだ2時半なのにとっくに最終バスが出てしまっていたらしい。 俺は元ラガーマン、38歳の会社員だ。妻は娘と一緒に出かけたので、今日は一人で趣味の、低地の山歩きに来た。 下調べをしてこなかった俺が悪いのだ。仕方ない。駅まで歩いて帰るか。 待合所を出た俺の足先が、赤い封筒を蹴り飛ばした。 慌てて拾いあげ、封がされていなかったので開けて中を見てしまった。 金銀の箔

          誘いの館

          大地に還る日

          どれだけ鏡を見てもアルバムをめくっても、私は何も思い出せない。 ここに写る女の二十年間の人生も、名前さえも。 一週間前、私は交通事故に遭ったらしい。部屋のベッドで気づいたときには記憶を失っていた。治療のために休学した大学の友人、という女の子たちが訪ねて来てくれたが、私には何もわからなかった。 わかるのはここが日本で、今が西暦2019年の12月だということ。それだけ。 「あ、起きてる? 留守番頼んでもいい?」 お母さん、という人が部屋にこもる私に声を掛けた。 「うん。怪我

          大地に還る日

          水中譚(すいちゅうたん)

          昔々。武蔵の国に大川と呼ばれる川があった。 川には橋が無く、渡し船が旅人の足となっていた。 川岸に建つ無人の武家屋敷に、旅の男が逗留していた。この壮年の男は何日も川をにらみつけ、時折空を仰いでは、ため息をついた。 この川には、大亀が棲んでいるという言い伝えがあった。 その昔、渡し船を待っていた旅の絵師が、砂浜に大きな亀の絵を描いた。すると、轟音と共に浜の絵から亀が抜け出し、川の中へ消えていったという。 それ以来、川を渡る人々は、大きな亀が見える度、船の転覆を心配しな

          水中譚(すいちゅうたん)

          無機の糧(かて)

          西暦2026年。人類の火星への入植準備のため、俺は調査員の一人として宇宙船に乗った。 だが、真空のはずの宇宙で嵐に巻き込まれ、俺たちは名も知らぬ青い星に不時着した。 頭を打った俺が意識を取り戻すと、一緒に船に乗った二人の姿が無い。探索に出たのだろうか。俺も後を追った。 二人はどこにいるのだ? ヘルメットのマイクで呼びかけたが応答が無い。 この星は北極の光景に似ている。 見渡す限りの青く静かな海と、薄黄色の砂の陸地がくっきり分かれている。 空は群青色で夜のようだが、遠く

          無機の糧(かて)

          天使(エンジェル)は、たゆたう

          ジムの人生に良い時なんて無かった。 ​ジムが5歳の時、母は男と逃げ、以後、酒に溺れた父から暴力を受けた。 体格が良かったジムは、ギャングのリーダーとなり、あらゆる悪事に手を染めた。その人生も30年で終わる。 この国、アメリカでは、死刑囚は最期の晩餐に好きなメニューをリクエスト出来る。ジムは好物の川魚のソテーを頼んだ。 黙々と頬張っていると口の中に異物が当たった。掌に出すと、それは大きな赤い石が付いた古めかしい指輪だった。魚が飲み込んでいたのだろう。台座は錆びているが石

          天使(エンジェル)は、たゆたう