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殺人事件の参考人として同行された時のこと 最終章

犯人は捕まらないだろうなと思った。
 南船橋は市外から来る人がとても多いところだ。ららぽーとの旗艦店があるし、船橋競馬場もある。武蔵野線に乗り換える事ができて、中山競馬場まですぐだ。年配の人の中には、武蔵野線をギャンブル線と呼ぶ人もいる。沿線にギャンブル場が多いから。
 最近はさすがにあまり見かけなくなったけど、以前は週末になると、会社のネームが入った作業ジャンバー、胸ポケットに携帯ラジオ、耳にイヤホン、もう片方の耳朶に、真ん中で色分けされている赤と青の2色色鉛筆を挟み、夜遅くまで検討していたであろう、色鉛筆で細かく描き込みがつけられた、折り目だらけの競馬新聞を固く大事そうに握りしめていた底辺ギャンブラーを沢山見かけた。


 行政は、末端の流動労働者の事を全然把握していなくて、関心すら無いように思える。行政機関と全く接点の無い人もかなりいるのだ。そんな人達の中に犯人がいたら、まず捕まえる事は出来ない。
 ただ、彼らが重大な事件を起こすことは、あまり無いはず、そして駅の西側に来ることは殆んど無い。関心を引くようなものは何も無いからだ。すると、顔見知りの人の犯行?でも、そっち方向の捜査が行き詰まったから、ローラー作戦に切り替えて、周辺の不審者の炙り出しをしている訳だし。

僕は安ホテルを出た。カプセルホテルを転々としたあと、パチンコ店の2階にあるマンガ喫茶を、新しい根城にすることにした。捜査員には、居場所を変えるときには連絡して欲しいと言われていたけど、知ったことではなかった。
 冤罪を警戒したのだ。捜査は難航しそうだった。捜査が行き詰まり、そうだ、あの男のをもう一度引っ張ってこよう、アリバイは無いし、南船橋近辺でよく目撃されている事は確かだ。経歴も不明だ。怪しい!捕まっても、最終的には無罪になるとしても、何年も拘置所でお泊りするのは嫌だ。
 事実上マンガ喫茶だけど、営業的にはマンガ喫茶ではないのだろう、身分証も要らなかったし、看板にもマンガ喫茶とは書いて無かった。そこは幾らでも抜け道があるのだろう。
 確かに店舗の中にPCが置いてありますが、あれは従業員が仕事に使ったり、休憩時間にゲームをするために置いています。事務所が狭いので、店舗の中に置いているのですが、お客さんが勝手に使ってしまうこともあるようです。私共としても、お客さんにあまり強くは言えませんから、パスワードですか?内の従業員はアホばっかりなので、すぐにパスワードを忘れてしまうので設定してません。 とか、言ってれば良いのだし。
 時々、PCで事件の事を検索してみたけど、目立った進展は無さそうだった。

それから、しばらく経っての事だった。
 その時は、24時間営業のサウナのラウンジにいた。仮眠室に寝ていたのだけど、執拗に体を触ってくる人がいるので、そんな気分ではないからと丁寧に断って、ラウンジに移動したのだ。

自販機があるだけの狭いラウンジだった。缶コーヒーを買って、椅子に座り、テーブルの上に広げられ置きっぱなしにされた新聞を何気なく見て、持っていた缶コーヒーを放り投げたしそうなくらい驚いた!
 南船橋駅の事件の犯人が捕まったのだ。
犯人は駅前の団地にも住んでいたことがある中国籍の男性だった。
 なるほど、そういう事か。被害者と接点はあるけど、関係性が離れていて、捜査の死角になっていたのかも。
 だけど、凄いじゃないか!よく捕まえた。
あの捜査員に祝電を発信しようと思った。財布の中に、あの時にもらった名刺がまだある。あまり大きな声では言えないけど、その名刺をいろいろと使った。金色の警視庁のエンブレムが入った名刺は効果絶大で、僕のマイナンバーカードなんかよりも、遥かに信用があったから。電話番号も記載されていたから、ショートメールも発信出来る。
 実際、メールを発信しかけたのだけど、直前に止めた。あまり注意を惹きたくない。関心を呼び覚ましたく無かった。ゲノム情報も知られている事だし。
 スマホをサウナの館内着のポケットに仕舞い、ラウンジの窓の前に立つ。夜明けまでまだ時間があったけれど、空は明るくなってきている。摩天楼の凸凹なスカイラインも見えてきた。
 「 さてと、今日は何処に行こうかな 」

 殺人事件の参考人として同行された時の事
     ( 終わり )
 いろいろな事情から、少し話を変えてあったり、脚色していますが、概ね事実です。




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